――一週間の契約

 

7日目 帰るべき場所 13――ホワイト

空はとても晴れていた。
透き通るような青い空。

「…おはよう」
「ああ…おはよう」
私は二人分の紅茶を淹れてテーブルに並べる。
料理も少しだけど手をかけてみた。

もっとも…ブラックは気づいていないようだけれども。
彼は無言で椅子に座る。

「…」
「あら…?」
ブラックの髪…三つ編みになってる。
…少し雑ね…もったいないわ…

「…?オイ、何して…」
「少しやらせてちょうだい」
私は戸棚から櫛を出すとブラックの髪を取ってとかし始めた。

「…」
「もう少し丁寧にやらなくちゃ…もったいないわ」
「もったいない…だと?」
「ええ…こんなに綺麗な髪の色をしているのに」

軽く三つ編みをして一番下で結ぶ。
そのゴムも大分古くなっているみたい…
「…リボンで結んでも良い?」
「良いわけねぇだろっ」

…断られてしまった。
リボン…似合いそうなのに…な…
本当に結んでいるところを考えると、何かとても楽しくて…つい笑ってしまった。

「…何笑ってんだ」
「ごめんなさい…何かおかしくて」
椅子に座る。
ふと、ブラックはぼそりとこう言った。

「…ま…ありがとな」
「…ぇ…」
…つい…驚いてしまって、すぐには次の言葉が出てこなかった。

「…どういたしまして」
そう言うと…少しだけブラックが笑ったような気がしたのは…
…私の、気のせいかしら…?


* *


「で…まだなのか?その場所ってのは」
「もう少しよ…」
途中で摘んだ花を手に、わたしたちは「そこ」を目指していた。

「…着いたわ」
「ここ…って…」
そこは…小さな広場みたいな場所。
村の人も滅多に入ってこないような森の奥に…小さく石が積んである。
私はその石のそばに…小さな花をそっと置いた。

「…墓か」
「ええ…」
それは…おじいさまのお墓。
今日…今日はおじいさまの命日だから、何としてでも…お墓参りに来たかったの。

「…ブラック」
「ん…?」
「水を汲んできてくれないかしら?」

ブラックは渋々頷くとその辺に転がっている桶を一つ手に取った。
一応ここは無縁仏の墓地だから、そういうものも置いてある。

ブラックの後ろ姿を見送ると、一気に殺気が感じられた。
「…」
…来た…わね

「…ホワイト!?」

ブラックが言うが先か…
私の肩に白い矢が…突き刺さっていた。


7日目 大切な人 14――ブラック

…悪い夢でも見てるんじゃないかと思った。
いや…夢であってくれ。
夢ならさっさと覚めちまえ…

俺は殺気の元を探ったが、仕留めたと思ったのかもう気配は無くなっていた。

「…ホワイト…!?お前…!!」
「大…丈夫…わかっていた…ことだから…」
俺が抱き起こしたホワイトの体からは…もう力が無くなってきていた。
「元々…こうなるって知っていたのよ…だから…私はあなたを呼び出したの…」

ホワイトは淡々と…語り始めた。

「あなたが来る…前日。私は…おじいさまが亡くなった時と同じ殺気を感じたの…1週間後には…確実に私を殺しに来ると、先読みもできたわ…」
淡々と…それでもしっかりとした口調で語る。
「…私が死んでも…誰も悲しまないわ…でも…どうしても…どうしても、おじいさまの命日までは…生きていたかったの…」
「…馬鹿、話したら…!」
「そんな時…ふとおじいさまの遺言を思い出したのよ…どうしても…自分の身を守りたい事態になったら…物置にある一冊の本を開けなさいって…それを開けたの……そうしたら…ブラック…あなたの…召喚カードが出てきたわ…」
「…!?何…!?」

俺達悪魔は…召喚カードによって呼び出される。
俺の召喚カードは…もう数十年前に行方不明となっていた。

「ブラック…あなた前に…昔のマスターのことを…話してくれたでしょう?」

…確かに、此処に来て…3日目のことだったか…マスターのことをコイツに話した覚えがある。
まさか…コイツは…!?

「…覚えがあるのでしょう?あなたは…」

…無いといったら…それは嘘になる。
目の前にいるホワイトの…金髪を見たときから、何となく思い出しては…いた。

「私のおじいさまは…あなたの前マスターよ」

やっぱり…そうだったのだ。
元々…魔力の高いマスター…グラン…
アイツは…10年間…俺と共に生活をしていた。
召喚をとかれてから…カードは完全に行方不明になっていたと思っていたのだが…

「…まさか、世代を超えて召喚されるとはな…」
「そう…ね…ただ、やっぱり…私は、1週間の間…何としてでも生きている必要があったのよ…」
「わかった…もう喋…!」
「…あなたを…召喚したのは、他にも理由があったのよ…」

ホワイトは、微笑みながら…淡々と話を続けた。

ホワイトは…もう生きているのが不思議なほどの時間、話し続けている。
ただ…それは彼女の魔力がなしえていることに過ぎなかった。

「…言ったでしょう…?ブラック…私は…独りぼっちだったって…」
「…」
「…最期ぐらい…最期の1週間位は…誰かと過ごしていたかったの…2人で…ゆっくりのんびりとした時を過ごして…トランプをして…」
「ホワイト…!」
「楽しかったわ…ブラック…あなたとの1週間…とても…」
消え入りそうな声で…ホワイトは俺に抱きつき、囁いた。

「…あなたは…知らないと思うけれど…私、あなたのカードに憧れていたのよ?」
「…な…」
「おじいさまが…あなたのことを楽しそうに話している姿も覚えている…あなたのことをとても頼れる親友だと言っていた事も…あなたも…同じことを言っていたでしょう…?とても…嬉しかったわ…」

グランのことは…確かに言った覚えが…ある。

「私は…あなたのカードと…あなたを見たときから…優しい目をしていると思ったの…本当に…その通りだった…おじいさまが話していた…そのものの悪魔…とても優しい悪魔だったわ」
「…だからもう…!」
「あなたと過ごした…この1週間…たった1週間かもしれないけれど…今まで生きた13年間で…一番価値があって…一番幸せな1週間だったわ…」
声がどんどん小さくなっていく。
「…馬鹿言ってんじゃねぇよ…お前はいつでも俺を呼び出せるんだ…だったらいつでも呼び出すと良い…俺はいつだって出てきてやる…お前は生きて…もっと幸せにならなくちゃいけないんだ…!」

そう言う俺に、ホワイトは…消え入りそうな声で、俺にこう問いかけた。

「…ブラック…女の子が一番幸せな瞬間って…いつだか知ってる…?」

俺の耳元で囁くホワイト。
その声は既に…力を失くして消え入りそうだった。

「…何…?」
「…昔…童話で読んだのよ…それは…ね…」
ホワイトは俺の耳元で…こう続けた。
「大好きな人に…抱きしめられてる瞬間よ…」
「…!?」


「…私は…今…とても…幸せだわ…」


それが…最期だった。

「ホワイト…!?オイ、ホワイト!?」

こんな事が…あって良いのか…?
コイツは…少なくとも…ただの少女だった。
俺にとっては…ただの小さな少女だった。
誰よりも不幸な…少女だった。

『私は…今…とても…幸せだわ…』

最期の言葉が蘇る。
ホワイト…お前は、本当に幸せだったのか?
もっと遊びたかったんじゃないのか?
もっと色んな出会いもしたかったんじゃないのか?
もっと色んな人と遊んで、トランプだってやりたかったんじゃないのか?

…答えは、無い。
あるのは…ホワイトの、幸せそうな…亡骸だけだった。

「ホワイト…俺は…お前を信じて良いんだよな?」
やはり…答えは無い。
が、俺は…確かにわかった。

「…グランも、お前とよく似ていた…変なところで自分を犠牲にして…言う事だけは馬鹿正直で、嘘だけはつかなかった…」

ふと、ホワイトのポケットから何かが落ちる。
俺の…召喚カードだった。

「…わかった…お前は…幸せだったんだよ…な…?」


俺はそのカードを、天に向かって投げた。
悪魔がカードを天に投げるというのは、全てを天に任せたという事になる。
そのままカードは…何処かへと消えていった。

「俺…グラン以外の奴から召喚されるのは…本当は嫌だったんだ」

ただ…今は、こう思えるようになっていた。
たまには…誰かと出会ってみようかと。
出会いがあるだけ…俺は幸せなのだと。

「…そうだよな?ホワイト…」

俺はホワイトの亡骸を…グランの墓の隣に埋めた。
グランと同じ花を添えて…俺は空へと飛び立った。

「…さて…帰るか…」


俺の、帰るべき場所へ――