九月十三日。晴れ。

 携帯電話の目覚ましの音で目を覚ます。
 晴架は一度欠伸をするとベッドから起き上がり、カレンダーを見上げた。

「…解禁、っと」
小さく呟く。長かった。こんなにも日々を長く感じたのはいつ振りであろうか。

 洗面所に行き顔を洗い、髭を剃る。
 澪が朝食をどうするかと聞いてくる声がしたので、軽く片手で断った。
 そのまま己の部屋へと戻る。

 パジャマ代わりの長袖Tシャツを脱ぎ捨てると、黒いタンクトップを着た。
 スウェットもベッドの上へと投げ、代わりにクローゼットの中から畳んであるデニムに足を通す。

 そして、首にかけるのは銀のロザリオ。

 そこまで準備を終えると、鈍い輝きを放つ携帯電話をぱか、と開きベッドに腰掛けた。
 ロックをかけておいたメールフォルダのロックを外す。
 二桁をゆうに超える量の未読メールは、数日間の日を空けながらも定期的に増えていた。
 メール一覧に並ぶのは、愛しい相手の名前。

 一通一通を、ゆっくりと読み返す。
 自分を案じる内容、一通ぐらいは連絡を寄越せ、と催促する内容。
 一つ一つに、自然と笑みが零れた。


 晴架にとってこの逃走計画は、ある種のゲームであった。

 突発的な犯行。
 計画していたわけではない。
 ただ、本当に自分ひとりだけをその対象として見せることが出来るかどうか。

 一か八か、である。

 彼を疑う気は毛頭なかった。
 これは自分の中に沸き上がった感情に対する、自身への戒めでもあった。

 夏の間中、数ヶ月に渡って一切の連絡を絶ったのである。
 嫌われていても、おかしくは無い。
 今更目の前に現れたところで、簡単に許されるとは思っていない。
 むしろもう、関係は破綻しているかもしれない。

 それでも、そんな賭けに出、全てを得たいと思う程――晴架の気持ちは大きかった。


「っし、行くか」
晴架は携帯を閉じてヒップバッグに押し込むと、バイクのキーを片手に立ち上がる。

 さぁ、出掛けよう。“彼”を探しに。
 連絡をとって待ち合わせを取り付けたりはしない。このゲームの最終段階は“相手を見つけ出すこと”
 見つけ出した時点でゲームは終わり、エンディングは――

 それは、“彼”が決めることだ。


 口元に湛えた笑みは、逢えるという喜びの笑みではなかった。
 相手がどのように変化しているか、と――“それ”を楽しみにしている笑みであった。

 それは、狂気にも満ちていて。
 ひょっとしたら自分が壊れるかもしれないというこの状況を、楽しんでいるようでも逢った。


「一か八か、――」

 部屋を出る直前、扉の目の前。
 ふっとその笑みを消し、首から下がるロザリオを手にする。

 そっとそれに口付けると、部屋の扉を開いた。


 彼を見つけ出せるだろうか。
 そんな不安は、存在していなかった。


 バイクに跨ると、晴架はエンジン音を響かせ走り出した。







晴架が逃走してましたって話。秋草くんの誕生日ネタとしてブログに上げたものの転載です。
ネタ的小文で書いたものの続きなのであえて小説にしたのはこれだけ。
秋草くんのPL様が滅茶苦茶素敵な続きを書いてくださって狂喜乱舞でした(愛)
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