「ねえ、砂原さんって錦織先輩と仲良いんだって?」

 そんな言葉をクラスメイト数名から投げかけられたのは、秋のある昼休みの事であった。




present for you




「…仲良い…ってゆぅか…まぁ、それなりにお話したりする仲だとは思うけどー…」
「ほらーやっぱり!」
「ねえ、錦織先輩の好きなものって知ってる?」
彼女達は興奮したように次々と言葉を琴乃に投げかける。琴乃は鞄の中から2人分の弁当と水筒を取り出す。

「好きなもの…うーん、よく知らないなぁ」
「少なくとも甘いものは苦手そうだよねぇ」
「え、でもコウ先輩バレンタインのクッキーは受け取ってくれ――」
しまった。琴乃は直感で感じた。
 感じたとおり、彼女達は目を丸くして琴乃を見ている。

(やば…)
琴乃は立ち上がるとにこりと笑った。
「じゃ、じゃあ私音華と約束してるからさっ!」
「え、ちょっと琴乃ーっ!」
「いつからそういう仲になったのー」
「義理だって義理ぃっ!」
最後にそれだけ弁解すると、弁当と水筒を掴みダッシュで廊下へと駆け出した。



「…え、休み?」
「うん、音ちゃんから聞いてないー?今日ねぇ、風邪引いて休みなんだってさぁ」
此処は隣の1年C組教室。
 友人である草加奈緒梨はそう言って返した。
 琴乃は少し背の高い友人を見上げるとポケットへとごそ、と手をやる。
 携帯電話を出すと未読一通、皆瀬音華、と入っていた。

「あー…私が気付いてなかったみたい。ごめんねー奈緒ちゃん」
「いえいえーっ、気にしないで。お昼でしょ、どうする?一緒しよっか?」
「あーっと、いいや、ちょっと行ってみたいところあるから」
奈緒梨はそう?と言うと友人に呼ばれたようで去っていった。琴乃はそれを見送ると1Cの教室を出る。


「さーて…と。どうしよう…お弁当無駄になっちゃったなぁ」
琴乃と音華はたまに週に一度ほどのペースでお互いの弁当を作りあうことを行っていた。
 今日はちょうど、琴乃が2人分の弁当を作り片方を音華に渡す分だったのである。
 ふと、琴乃は廊下を歩く足を止める。
 そこは、屋上へと続く階段であった。

 たたた、と、琴乃はその階段を上がった。


「…あれ?」
階段の上段までたどり着く。
 一番上の扉の前の踊り場。扉を開け放ったまま、外には出ずに扉を背に座り込む人影が一つ。
 
「コウ先輩!」
「ン…?ああ、砂原か」
そこに居たのはまさに先ほど話題になった錦織コウその人であった。
 午後の時間というのもあってか、それとも彼の素なのだろうか、気だるげな視線を向ける。
 彼の腰掛けた横には何か、幾つかの箱とビニール袋が一まとめにされていた。
 琴乃は残り幾つかの階段を上がると、その手元を見下ろす。
 そのままその目の前に、ちょこんとしゃがみ込んだ。
 そしてその時、その手で齧っているものが初めてケーキである事に気付く。

「…コウ先輩、それお昼ですか?」
「ああ、まぁな」
其処に転がっているのは綺麗にパッケージされたお菓子類やら箱詰めされた高級菓子やら。
 中には箱のまままだ開封されていないものもあり、傍らに積まれていた。
 その手に持たれているものは、明らかにケーキ屋で購入されたのであろうモンブランである。
 琴乃は思わず声を上げた。
「先輩、ケーキをお昼に食べてらっしゃるんですか!?」
「誤解するンじゃねぇよ、貰いモンだ」
「ああ…すみません」
コウは苛立った様子で声を上げる。琴乃は思わず謝罪すると周囲に転がっている贈り物のパッケージを見渡した。

「それにしても…見事ですねぇ」
「朝っぱらから机ン中、ロッカーン中、直接俺に渡してきた奴…正直もう誰がどれだかよくわからねぇが、これが全部だ」
「今日一日でこれですか!?はぁー……」
琴乃は思わず感嘆の声を上げる。
 と、何かを思い出したように顔を上げた。

「…コウ先輩、もしかして」
「ン?」
「これ、全部誕生日プレゼントだったりします?」
日付的に、と琴乃は付け加えればコウは他人事のように頷く。
「なんじゃねぇの?流石に俺でも、平日にこんだけ菓子やらプレゼントやら貰う事はねぇよ」
「やっぱりぃっ!ちょっと先輩っ、どーしてそーゆぅ大切な事早く言ってくれないんですかぁっ!」
「ハァ?大体俺の誕生日は日曜なんだよ」
「関係ありませんよっ!知ってれば私も何か用意してきたのにぃーっ」
琴乃は一気にまくし立てる。後、はぁ、と息を吐いた。

『錦織先輩の好きなものって知ってる?』
これのことだったのか、と、琴乃は心底溜め息を吐いた。

「…まぁ、いいですけど。で、先輩はそのプレゼントを消化してるわけですか」
「販売元のハッキリしてる奴だけな、今日丁度昼飯買う予定だったから飯代わりになるかと思って」
「先輩ー、手作りのもちゃんと食べてあげなきゃ駄目ですよ?」
「手作りって何入ってるかわかんなくて怖くねぇ?」
コウはモンブランを食べきると包装紙とカスを手近なビニール袋に押し込んだ。

「…砂原、茶持ってねぇか?」
「あー、水筒のでよければ」
琴乃は手早く水筒のコップを取り出し麦茶を注いでコウに差し出す。
「悪ィな」
コウはそれだけ言うと麦茶を一気に喉に流し込んだ。

「先輩お昼それだけなんですかー…?」
「ン?ああ、心配無さそうなのは今ンとここれだけなんでな、これもハルから貰ったやつだし」
「あー流石お姉ちゃんだ、…それじゃあコウ先輩」
ふと、琴乃は傍らに置いてあった弁当を一つ差し出す。

「私からの誕生日プレゼントです、ありあわせですけどよろしければ」
に、と笑って差し出す。

 コウは一瞬弁当箱と琴乃を見ると
「誰かと食うンじゃねぇのかよ、それ」
「誰か、が今日欠席しちゃったんです」

「…そういう時は嘘でも俺のために作ってきたとか言えよ」
「たとえそれが本当でもそんなことは言いません」
あえて憎まれ口で笑って返した。コウは弁当をその手から受け取る。

「あ、要らないなら要らないで構わないですよ、私の今日の夕ご飯になるので」
「いや、食う。丁度良かった」
ニィ、と口角を持ち上げると、コウは弁当の蓋を開けた。
 一緒に挟んでおいた割り箸をぱきん、と割る。

 食べ始めたのを確認すると、琴乃は自分の分の弁当も食べ始めた。


「…ご馳走様、サンキュ、砂原」
「お粗末さまでした、…此方こそ」
「何だ?」
「いーえ、…やっぱり何でもありませんっ」
食後、弁当を片付ければ琴乃は立ち上がる。

「…何だよ」
「何でもありませんって、先輩お誕生日おめでとうございますー」
琴乃はにこにこと上機嫌で階段を下りていくと、コウはその後を追った。








END




あとがき
コウ君の話が書きたくって何となくコウ君誕生日ネタ(…)
つーかこれ誕生日じゃなくても良かったよな、いっそ副会長当選祝いとかでも良かったわけだ(コラ)
何となくハルちゃんは良いとこのケーキ屋でモンブランとか買って渡してるだろうなーって印象が。勝手に出しちゃってすみませんでした(土下座)むしろケーキともう一品ぐらい渡してそうだハルちゃんなら…(ぇー

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