「ここが、パン屋兼喫茶店『ルネサンス』だ。ほら、入ろうぜ」
シルドが木のドアを開けた。
 ドアに取り付けられたカウベルが、優しい音を立てる。
 と、同時に中から元気の良い女性の声が聞こえてきた。

「いらっしゃい!何人?」
「えっと…5人だ」
ファレイが言う。

 黒髪でポニーテールの…グルー達とは大体同じくらいの歳か少し上と思われる女性。ファレイやシルド達とは顔見知りのようだった。
 ふと、シルドがファレイの後ろから
「あれっ??レオラじゃないか。もう帰ってきてたのか?」
と、顔を出す。
「ええ、とりあえず今は次の仕事探してるの。ほら、あそこが空いてるから座って」
「ああ」

 5人は、とりあえずテーブル席についた。
 奥にグルー、その向かいがシルド。グルーの隣がカレイドで、カレイドの向かいがティファニーだった。そして、その隣にファレイがいる。

 レオラと呼ばれていた女性が注文をとりにやって来た。

「何にする?」
「俺はホットドッグ」
「俺は…ピザ」
「じゃあ僕はこのターメリックの練りパン」
「私はチョココルネにします」
シルド、ファレイ、カレイド、ティファニーの順に注文を言う。グルーはメニューをじっと見ていた。

「グルーはどうする?」
「…俺もピザにしておく」
ファレイが聞くと、そう答えた。

 ふと、視線を窓のほうにやった。
 …海が見える。
 窓は開けられており風が潮のにおいを運んできた。

「…海が見えるんだな」
「ええ。それがここの売りでもあるの。あれっ?お客さん、初めて?」
「ああ…」
ぼんやりと、何となくそう答えた。

「そうなんだ。あたしはレオラ。レオラ・レイリオよ。ここの娘だけどパートナー・ジョブを本職にしてるから、会う機会は少ないかもしれないわね」
パートナー・ジョブという仕事には、聞き覚えがあった。簡単に言えば特定の距離を依頼人のパーティに付き合って距離ごとに計算し前払いで報酬をもらうという仕事だ。もちろん前払いなので最初から付き合う距離は決まっている。はかどればそれなりに報酬のいい仕事だ。が、金を取るものなので免許が必要である。せっかく金を払ったのに、戦闘能力がなければ意味がないからだ。昔、そういう苦情があとを絶たず、パートナー・ジョブの評判が落ちたために議会で免許を制定したそうである。

 つまり目の前にいるレオラがパートナー・ジョブを本職としていると言うことは、それなりの戦闘能力を持っているということになる。
「俺はグルー・ブレイアンドだ」
「そう。よろしくね!それじゃ!」
レオラは店の奥へと入っていった。
「レオラは弓の腕が凄いんだ。百発百中とも言えるだろうな」
「…そうか」
ファレイが言う。するとレオラが店の奥から料理の皿の入ったトレイを抱えてやってきた。
「はーいっ、えーと、チョココルネとホットドッグ。あと、ターメリックの練りパンに、ピザ二つね」
どんどん料理が並べられていく。かなり慣れているようだった。
「じゃ、ごゆっくり!」
レオラは別のテーブルへと足を運ぶ。全員は食べ物を口にしだした。
「グルーさん、どこから来たんですか?」
ティファニーが聞いてくる。グルーは答えていいものか少し迷った。彼は、できるだけ個人情報を漏らさないようにしていたのだから…

「俺か?…俺は、ガーベラーっていう街からだ。もっとも、ここからはずいぶん離れているがな」
「へぇ…確かにガーベラーといえば随分離れた東の地ですね。大陸の向こうだから…相当距離があるんじゃないですか?」
「ああ…ま、旅をしてるからかなり色々なところで道草もしていたがな」
カレイドも興味を持ったらしい。シルドも元々興味があったようで身を乗り出してきた。

 が、ファレイは違った。
 グルーのこと等、何も聞きたがらない。
 ただ、頷いて聞いているだけだった。

「ごちそうさまでしたっ。あの、シルドさん」
「ん?何だい」
「お金渡すので…私の分、皆さんと一緒に払っておいてくれませんか?もうそろそろ午後の仕事に入らないと…」
ティファニーは自分の財布を出した。

「ああ、別に構わないよ。ティファの分なら、出してやるから」
「そんなこと言わないでください。私、シルドさん達と昼食食べるたびに出してもらってるんですから。自分の分くらいたまには出しますよ…」
「別にそんなこと気にしなくたって…」
「おい、シルド。お前、ティファの分出すってことは当然、俺達の分も出してくれるんだろうな」
ファレイ、見事なツッコミである。シルドは何も言えなかった。

「そ、それじゃあ私の分、ここに置いておきますねっ。それじゃ、失礼します」
ティファニーはシルドが金を返す前に早急に立ち去った。

「おい、ファレイ。ティファの分ぐらい、俺が出してやってもいいだろう?」
「お前の場合、女の子になら誰にでも…だろ。それにお前、ティファの家庭を知ってるだろ。あまり世話焼きすぎると、ティファが気を使ってかえって可哀想だ」
「おい、ティファの家庭がどうした。そりゃあティファの家はあんまり裕福でもないし、その上弟達だっている。でもだからこそ俺は出してやりたいって思ってだな…」
意見が完全に食い違っている。このままでは平行線だ…そう感じたグルーはこう言った。
「お前ら、くだらない喧嘩はよせ。他の奴等がこっち見てるぞ」
「あ…」
二人はグルーの制止によって言い争うのをやめた。
 が、すぐにまた会話を始める。どうやら珍しいことではないらしい。

「…この二人、いつもこうなのか?」
「あ、はい…」
カレイドが言う。

「…おい、そろそろ出ないか」
「そうだな」
ファレイが同意し一同は店を出ることになった。
「レオラ!ほら、代金」
「はい、えーと…ひいふうみい…はい、5人で60Kね。どうもありがとうございましたーっ」
ファレイが全員分を集めて出した。レオラもそれを受け取る。


「うーん、これからどうする?シルド」
「俺は特に用事もないし、グルーに案内すべきところは大体回ったしな」
「あ、でもまだ何箇所かありますよ。ほら、山の辺りとか」
カレイドがそう言った途端二人は難しい顔つきになる。
「山の辺りって言うと…農場とか、あの…」
「クレイアの家か」
「はい。農場はともかくとしてクレイアさんの薬草とかは結構役立つじゃないですか」
カレイドが言う。
「そりゃあ役に立つけど…」
「…ん?でも待てよ…」
シルドは少々考えた後

「よし、わかった!俺が案内する」
「何だか急にやる気になったな…まあいいさ。グルー、こいつがクレイアのところまで案内してくれるってさ」
「さっきから思ってたんだが…クレイアってのは一体どこのどいつだ?」
グルーがふと疑問を口にした。

「えーと…クレイアっていうのは…そうだなぁ、要するに薬屋みたいなもんだ。まあ、会ってみればわかるさ」
そう言うとファレイとカレイドは
「じゃあ俺達は帰るぞ。じゃあな!」
「それじゃ、さようなら」
帰っていった。

 そしてシルドとグルーは歩き出した。
 シルドについて行くとだんだん道の周りに緑が目立ってきてそして、ついに山道になった。
 が、一応人の通れる道はある。そのおかげで、迷わないのだろう。
「ほら、一応教えとくけどここが農場だ」

 山道を抜けるとそこは丘になっていて、その向こうには海が見えていた。確かに農場もある。農場には羊や山羊がいて、一角には畑などもあった。

「えーと…確かこの辺に…」
「ちょっと!あなた達!」
後ろから声がする。女性の声だった。

「げっ…メリッサ」
シルドがこわごわ振り向く。グルーも振り向いた。
「いつも言ってるでしょう?ここは家の敷地だって。シルドさんなら知ってるはずだけど」
「でもさ、ティファはいつもこの辺で花を集めたりよくここへ足を運んでるじゃないか」
「ティファニーさんは花を摘むとき私にちゃんと許可をとるわ。あなた達とは違うの」
「でも俺達はこれからクレイアの所に行く所で、たまたまここを通っただけだ」
「そんなことは聞いてないわ。それに誰だって自分の家に特に親しくもない人間が入ってきたら声をかけるでしょう?」
緋色の髪の少女はシルドに詰め寄る。

「わ、わかったって…」

どうやら迫力負けしたようだった。

「それにそこのあなた!」

「…俺か?」
どうやら少女はグルーにまで何か言うつもりらしい。

「そうよ。今回は多めに見るけど、次に無断で入ったりしたら…」
「(おい、グルー。下手に逆らわないほうがいいぞ…)」
「(…そうなのか?)」
「(ああ。昔、隣町まで買い出しに行かされたことがある…)」
「ちょっと、何ひそひそ話してるの!」
グルーは彼女に
「…ここがお前の家の敷地内だったのなら…悪かった。じゃあ、俺達は用があるんでな」
「…そう。あの魔女の所ね。まあ、今回は見逃すわ。私は大抵この農場にいるから、ここを通るときは声をかけて」

「さっきから聞きたかったんだが…なぜお前は人がここに入るのを嫌うんだ?人が入ってくるのを極端に嫌っているようだが…」
グルーが言う。

「なぜ嫌うか?そうね…あまり農場を踏み荒らされたくないから。前に畑を悪戯されたり、ここにいる動物を傷つけられたことがあるのよ。用心するにこしたことはないでしょう?」
「まあ、もっともだな…じゃあ、これからは声をかけることにする。それでいいんだな?」
「ええ」

「あのー…」

シルドはすっかり忘れ去られていた。

「ああ…そういえばいたんだっけな。忘れてた」
「おいおい…あ、そういえばメリッサ。こいつ、今日から家のアパートに引っ越してきたんだ」
「そう。私はメリッサ・ルージュ。一応、ここの地主よ」
メリッサは一応自分の自己紹介をした。
「俺はグルー・ブレイアンドだ」
先に名乗られた以上自分も名乗っておいた。
「じゃ、自己紹介も終わった所で…俺達は行くから」
「そう…じゃあ私は仕事に戻るわね」
メリッサは仕事に戻っていった。

「さて、行くか」
「…ああ」

「えっと…確かこの辺に…お、あったあった」
シルドは一つの魔法陣を指差す。
「…何だこれは」
「ここが入り口なんだ。ほら、俺が先に行くぞ」

シルドは魔法陣の上に乗った。すると魔法陣の上に煙が沸きあがり、シルドは消えた。

「…また、随分と豪勢な仕掛けだな」
グルーもそれに乗る。

 すると、グルーの周りに煙が包んだのがわかり…気づくと、そこは部屋の中だった。真横にはシルドがいる。
 目の前には黒いマントに黒い帽子、黒髪のロングヘアーにシャギーがかかっている。本を読んでいるようで、こちらには気づいていないようだった。

「よっ、クレイア」
「ああ、シルド君ね。それと…」
「ああ、こいつはグルー。グルー・ブレイアンドで俺と同じアパートだ」
「そう…で、何の用?」

 そっけなく言い捨てる。
 何処か普通の人間とは違う何かを感じさせる女性だ。年齢的には、メリッサとそう大差無いように見えるのだが…

「ちょっと挨拶に来ただけだよ。あ、そうだ。クレイア、ちょっと今度遊びに行かないか?」
「丁重に断らせてもらうわ。それより…そこの、グルー君とか言ったわね?」
彼女はグルーの方に興味を示したようで。
「ああ、そうだが」
と言うと
「随分と、おもしろいものを持っているのね」
にやりと笑った。

 グルーはとっさに感じた。
 こいつには、風見鶏が見えている…と。












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