「ちょっと、シルド君」
「何だ」
「悪いけど、席をはずしてくれないかしら?」
シルドは「何で俺が…」と不平不満の声を上げようとしたが間髪入れずに
「…俺もこのクレイアとか言う女に話がある。シルド、出てくれ…」
グルーがそう言ったためシルドは最後までブツクサ言っていたが外に出た。外に出るに入った時と同じ魔法陣に乗って帰っていくらしい。

「…で、お前にはこいつが見えるのか?」
グルーは手のひらから風見鶏を出した。目の前の人物が風見鶏を狙っているとは思えないからである。
「ええ、さっきは気配で感じただけだけど…へぇ、なかなか綺麗なものじゃない。本当におもしろいものね…この輝き。呪われた輝き…ね」
怪しげな笑みを浮かべる。が、彼女の発言は明らかに的を射ているものだった。

「…どういうつもりだ」
「さぁ、どうするのかしらね」
グルーは辺りを見回す。
「大体…この部屋に来るにも魔法陣、この部屋の中にも…怪しげなものばかりじゃないか…」
そう、部屋の中には鹿の角だの何かの生き物が漬けられているビンやどこの国の言葉で書かれているかもわからないような本だの…おおよそ普通の部屋では考えられないようなものの配置であるのだった。

「まあ、それは今関係の無いことでしょう。私の興味は今その風見鶏にあるわ…その風見鶏は何?…無理に聞き出すつもりも無いけどね」
「…これは…」
少々迷った。よりにもよってこんな素性のわからない奴に風見鶏の正体を現してしまってよいものか。

「言いたくないのならいいわ。私には大体わかるから…一応、そういうものを感じ取る力は持っているの」
「…」
「でも、本当に綺麗ね…私が今まで見た中では一番綺麗…興味深いわね。これには何か大きな力がある、そうでしょう?」
「…ああ」
「でも、あなたはその力の正体も、その力の使い方すらわからない…」
「…」
更に気味が悪くなってきた。無理もないだろう…初対面の人物にここまで言い当てられてしまえば気味の悪くならない人間などいない。
「あなたは…この力の正体を知るために、旅をしているのでしょう?」
「…一体お前は何者なんだ」
少々恐ろしい形相でクレイアを睨みつける。が、クレイアはそんなことまったく気にせず
「さぁね…でも私は、あなたよりもきっとたくさんのことを知っているわ…」
と呟いた。
「でも、少なくともあなたの敵ではないわね…」
「…」
しばしの沈黙が流れた。

 クレイアは風見鶏を見つめている。
 その…燃えるような赤の瞳で。
 先ほどは別の色にも見えた…そう

 緋色の瞳で…

 そして、沈黙を破ったのはクレイアだった。
「この風見鶏…私も少し調べてみるわ」
「…何?」
「興味があるから、少し調べてみると言ったのよ。まあ、あなたに協力するということね。興味深い情報が入ったら、あなたに知らせるわ」
「…お前が俺に協力する理由はないだろう」
「別に、あなたに協力するなんて建て前に過ぎないわ。興味があるから、調べるのよ」
「…勝手にしろ」
「ええ。そうさせてもらうわ。あなたも少し調べてみたら?この街には大きな図書館もあるし、私の本もあるわ。調べるにはもってこいだと思うけど」
するとクレイアは早速蔵書の整理を始めた。

 グルーはここを立ち去ることにした。何故かこの少女が妙に怪しげで、柄にも無くこの空間から早く立ち去りたかったのだった。

「別に、そんな面倒なことはしないさ…それじゃあ、俺はもう帰る」
「そう。ああ、帰るときはそこの魔法陣からね」
本から目を離さずに言う。グルーはその後早急に魔法陣に乗り、立ち去った。


「…あら」
「?…お前か」
そこはやはりさっきの魔法陣の上。メリッサがちょうど後ろに立っていた。
「あの魔女、変な人よね…何故か家の敷地にこんなもの描いて…消えないのよ、これ。まあ、薬をただで提供するってことで何とかなっているんだけど」
「そうなのか。まあ、確かに変な奴だが…」
とりあえず早々に立ち去ろうとした…が、一つ用があったのを思い出した。
「メリッサ」
「何かしら」
「ちょっと、図書館に案内してもらいたいんだが…」

 そう、グルーもグルーなりに風見鶏を調べてみようと思ったのだ。
 クレイアの前ではああ言ったものの、今までそんなに大きな図書館で風見鶏のことを調べたこともなかったからだ。
 まあ、父親に教えてもらったことは数多くあるが…。

「まあ、私も図書館に行く用事があったし…構わないけど」
「そうか…頼む」
「じゃあ、ちょっと待っててくれないかしら。持っていくものがあるから」
そう言うとメリッサは小屋の中に入りボロボロの革の鞄を持ってきた。

「それじゃ、行きましょう」
「…そうだな」

 グルーとメリッサは山道を歩いていった…が
「…あっ」
途中でメリッサの鞄の持ち手が切れてしまった。もう随分古いので無理もないだろう。

――ドサドサッ

「きゃっ…やだっ…」
本はどんどん山道を落ちていく。
「…ほら」
グルーは手早く本をまとめメリッサに手渡した。
「ありがとう…この鞄も、もう変え時かしら…」
「ん?」
「いいえ、何でもないの。…ほら、早く行きましょう」
グルーには気になっていることがいくつかあった。

 一つ目は、メリッサの持っている本。
 勉学のものばかりだったのだ…どう見ても10代なので勉強をしたかったのなら学校へ通えばいいはずなのだが、グルーはこの街の学校のシステムはよく知らないためあまり考えるのはやめにした。土地の地主だというし、仕事もあるようなので行けないのだろう…グルーは、そう思うことにした。
 他にもいくつかあるがそれはここでは挙げないでおこう。

「ここよ」
「ああ…この無駄に大きい建物か」
グルーは思ったことをそのまま口に出した。
「別に、無駄に大きいわけではないと思うわ。それなりの蔵書数を誇っているし…とりあえず入るわよ」
二人はとりあえず中に入った。

「それじゃあ、私はここで少し読みたいものがあるから」
「ああ…案内させちまって、悪かったな」
「別に、ついでがあったから。それじゃ、失礼するわね」
そう言うとメリッサは奥の席について本を数冊手にとるとノートに何かを色々書き始めた。

「…さて、俺も始めるか…」
とは言ったものの…
 風見鶏のことを語っている本なんて、どこにあるかは見当もつかない。
 歴史の本、地理の本…観覧可能で思い当たる本は大抵読んでみたが…全く見当たらない。歴史の本は数あれど…

『風見鶏―ニワトリの形をした風見。状況の変化に応じて、態度を次々に変える人のたとえにも使う。
 風見―屋根の上などに取り付けて風の方向を知る道具。矢や鳥の形をしている』

 仕舞いには辞書を手に取る始末…。
「全く、しょうがないものね」
ふと、どこからか聞き覚えのある声…

「…!?」
グルーの周りには誰もいない。…が。
「…まあ、姿が見えないのも無理はないわね。今の所、実体がないのだから」
「その声は…」

 実体のない声の主。それは…

「クレイア、か…」
そう、紛れもなく先ほど会ったクレイアだった。
「あら、よくわかったわね」
「そんなことをするのは俺の知ってる限りお前だけだ…」
ため息を吐く。

「まあ、そうね。あと、この声はあなたにしか聞こえてないから。…ちょっとあなたの様子が気になったから来てみたのよ」
「…で、何しに来た。まさか気になっただけとは言うまいな…」
「ええ。いくら私でもそうは言わないわ。私の家の蔵書をちょっと見てみたら、昔の話が色々書いてあってね。風見鶏のことも書いてあったけど、多分お伽話でしょうね。やっぱり風見鶏とかの事を調べるのは、そっちの方がいいみたいだわ」
グルーは再びため息を吐いた。
「しかしだな…」
「でも、無いんでしょう?おそらくそこには無いわ。そう言う魔法とか呪いとかの書籍は、閲覧のできない場所の本棚にあるんでしょうね。私もそっちへ行くわ…ちょっと待っててくれない?」
「…来なくていい」
「いいえ、行くわ」
すると光が目の前を一瞬包んだ。
「こんにちは」
「…来やがったな…」
グルーは頭を抱えたくなった。いったい何なんだこの女は。
「とりあえず私のほうの書籍で一冊興味深いのがあったから持ってきたわ。コレなんだけど」
突然現れたクレイアの手には一冊の本が握られていた。

 もうすでにボロボロになった、とてつもなく古そうな本。
「えっと…コレの319ページの15行目なんだけど…ここから50ページにわたって風見鶏のことが書かれているわ。もっとも、あまり役には立たないと思うけど…貸すわ、コレ」
――ドスン

「…ゴホゴホ…何なんだ、これは…」
「ゴホ…久しぶりに棚から出したばかりの本だから…」
その本は少なく見積もっても500ページはある…その中の50ページに風見鶏のことが書かれているということは、他にはどんなことが書かれているのだろうか。
「ふーん…しばらく足を運ばないうちに、随分蔵書の数が増えたこと…でもやっぱり、裏ほどではないわね…」
「…裏…?」
「ええ。要するに、閲覧不可な本が置いてある場所のこと。私はよくお邪魔させてもらってるんだけど…」
「…忍び込んでるんじゃないのか」
「そうとも言うわね」
クレイアは平然としている。どう見たって悪意は無い。

 ふとクレイアの持ってきた本を覗いてみる…が。

「…おい、クレイア」
「何かしら」
「コレ…読めないぞ」
その本はどこの国の言葉だかわからないような言葉で書いてあった。
「ああ、ルエール民族の手によって書かれた本だから。あなたが読めないのも無理は無いわね…ちょっと待ってて。翻訳版を探してくるから」
するとクレイアは消え、数秒のうちにまた現れた。

「有ったわ。これがこの国の言葉に翻訳された本」
「…一体何秒で探してきたんだ…」
心底あきれた。どうやらグルーには理解出来ない次元のようである。
「さてと…そろそろ閉館時間よ。私は帰るわ。それと…」
クレイアは一拍置き

「私の家の近く…メリッサさんの家の辺りに、この街の人ではない気配があるの…気をつけて」
そう言って去っていった。

「…気配、か…」
早々に戦いが始まりそうだった。

 どうやら、追っ手が来たようだ…
 やはり、随分と早い。
 そんなことを考えつつ…グルーは建物を出た。











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