「おい、グルー!どこ行くんだよ」
後ろから聞き覚えのある声。
「…お前には関係ないだろう」
「そりゃあ無いけど…でも、お前…そんな戦う格好して…どこ行くのかと思ってさ」
アパートから出てきたグルーに声をかけてきたのはシルドだった。
「…ちょっと出てくるだけだ。じゃあな」
「おい!」
グルーは振り返らずに歩いていった。
…夜の農場は、闇に包まれていた。
が、確かに感じる…気配。
クレイアが言っていた気配と同じものだろう…昼間こそ感じなかったが、今ならはっきりと感じ取れる。
「…そこか」
茂みにナイフを投げる。すると、何かが倒れる音がした。
「…やっぱり…」
「あなたも大変ね」
後ろから…できればもう今日は聞きたくなかった声。
「…何の用だ、クレイア」
「ちょっと気になったから…一つ忠告させてもらうわ。メリッサさん、今は寝てるからいいけど…彼女は音に敏感よ。気をつけたほうがいいわ」
「わかってる…まただ…」
再び同じ位置にナイフを投げる。
「…本当、大変ね。手伝いましょうか?」
「…別にお前の手など借りん」
「そう。あなたならそう言うと思ったわ」
するとクレイアは手を差し出して
「少し預かっておくわ」
グルーの中から風見鶏を宙に出し自分の手のひらに乗せた。
「何をする…!!」
「別に、どうもしないわ。ただ、あなたが持っているよりは安全かと思って」
それはもっともな話だった。
が、風見鶏はグルー以外の人物は持てないと思っていたグルーにとっては、クレイアは相当不思議な奴だった。
考えてみたら目の前の奴が敵だったら、グルーは相当苦労する破目になると思われる。
「じゃ、今日の戦いが終わった時点でまた来るわ。この風見鶏、私の力では預かるのは今日が精一杯だから」
「ああ…」
「それじゃ…死なないようにね」
帰っていった。もちろん、グルーの目の前から消えただけかもしれないが…それはグルーには判別つかない。
「…次はそこか」
次々とナイフを投げる。それは全て見事に命中しているようであった。
…10本用意してきたナイフは全て投げてしまったので数人の頭からナイフを抜き取る。
「今日は、終わりか…?」
が、上からの気配があった。急に頭上が眩しくなる。
…クレイアじゃない!!
「そこか!?」
ナイフを投げるが届かない。正体はつかめないが形は人間のように見える。
「…誰だ」
光の影は答えない。
――ダダダダダ
代わりに銃火器の弾が足元を掠める。
「…ふん、銃火器を使ってくるなんて…らしくないじゃないか。どうせお前だって、雇われたんだろう?奴らに」
「…奴らだと…?」
「とぼけるな。俺を狙っている連中…さっき茂みの中にいた奴らだ」
が、影は空中に浮いたまま
「ふざけるな。俺をあんな奴らと一緒にされちゃあ困る…奴らには、俺を雇う金なんて無いだろうよ」
と答えた。
「…へぇ、じゃあお前は新しいどっかの組織の追っ手…か?」
「それも違うな。…俺は1人だ。集団は好まないんでな」
すると影は
「さっきの連中…お前がさっき殺したのを最後に、もうお前を襲わなくなるだろうよ」
「何を証拠に…」
「決まってるじゃないか。お前の力を狙っている連中は、もういない…俺意外な」
にやりと笑っているのがわかる。
「今まではお前らの試合を観戦してたんだけどよ、あの連中…お前を狙うのをやめるって聞いたからな。でもそれじゃあつまんねぇだろ?だから俺がその力を頂くことにしたのさ」
「…訳がわからないな…」
「だろうな。…とにかく、連中はもうお前を狙わない。俺だって白昼堂々お前を襲ったりしねぇよ。とりあえず今日は挨拶に来たのさ」
「…ふぅん…」
「じゃあ、またいつか会おうぜ…多分、また近いうちにな」
するとフッと影は消えた。
それとどうじに、全ての気配が消える。
…静寂。
「あら、終わったみたいね」
クレイアがやってきた。
「何だか、変なのがいたみたいだけど…」
「ああ。…でもお前よりはマシだと思うぞ」
「…悪かったわね。それより、はい。返すわ、コレ」
風見鶏が再びグルーの中に戻っていく。
「…彼の言っていることは本当よ」
「…何?」
「私がさっき聞いたのによると…さっきの連中であなたを今まで狙っていた人は最後みたい」
「誰に聞いたんだ…そんなこと」
クレイアは「当然」と言うような顔をして
「さっき死んだばかりの死霊に聞いたのよ」
死霊…よく冷静に言っていられるものだ。
「何か、あなたを狙っていた最高司令部の数10名が…何者かによって暗殺されたらしいわ」
「何だと?」
「だからそのせいで組織の中は今はパニック状態…どちらかと言うとその暗殺された最高司令部10名があなたを追う指示を出していたらしいの。けど…その数10名が死んでしまっては、戦意喪失というのかしら。ほとんどの者が組織を辞めてしまって、そしてさっきあなたを襲ったのが最後に組織に残っていたメンバーだそうよ」
ようやく話が見えてきた。
「要するにこういうことか…何者かが最高司令部の連中を暗殺して、それと同時にほとんどの連中が組織を辞めちまったもんだから残った連中はヤケになって今日俺を襲おうとした…と」
「まあ、そう言うことね。でも、死霊たちはさっきあなたと戦っていた人は知らないようよ。組織の中には空を飛ぶ魔法を使える者はいなかったらしいから」
「…そうか…」
さっきの奴は一体…考えてみると1人で向かってくる奴も初めてだった。
グルーはそんなことを考えていた。
夜…
この場には、グルーとクレイアしかいない。
やっとひと段落着いたグルーを狙う組織の問題…
だが、彼の中には…新たな問題が渦巻いていた。
――次の日。
「おい、グルー!いい加減教えてくれよ。昨日、何してたんだ?」
「…うるさい…」
グルーはシルドの質問攻めに遭っていた。
シルドはグルーが夜こっそり(シルドにはそう見えたらしい)出て行ってから何をしていたのか気になってたまらないらしい。
朝からいきなり押しかけてきてからこの調子なのだ。
一体何を誤解しているのやら…シルドの目は微妙にニヤついている。
来たばかりの男1人が、よりにもよって『朝帰り』という辺りが彼にとって気になって仕方が無いのであろう。
「…大体シルド、お前…他にやることは無いのか…」
「あーっっ!!忘れてた!!今日は…」
やれやれやっと解放される…そう思った途端のことだった。
「グルーにナンパ付き合ってもらおうと思ってたんだ!!」
グルーは一瞬唖然とする。
「…何?」
「ほら、行くぞグルー!男のロマンを追いかけに行くのだ!!」
グルーの手を無理やり引く…が、あっけなくこう返される。
「俺は興味ない。今日はバイトを探しに行くんだ」
「そんな〜付き合い悪いぞお前」
「知るか…じゃあ俺はもう行くぞ」
適当に返しもう出かけることにした。
しばらくここに居座ろう…
それは昨夜グルーなりに考えた結末だった。
組織は襲ってこないようだし(一応、クレイアの言うことを信じることにした…というか、相手が相手なので信じざる終えない)、次の相手はいきなり襲ってくるような卑怯なことはしないだろう…何故かそう思えてならない。
風見鶏が次の方角を指すまで、とりあえずこの街…ブルースカイに居座ろうと決めた。
それに…
「ファレイ〜ナンパ付き合ってくれよ〜」
「おい…!?ちょっとくっつくな…何だグルー、お前断ったのか…!?」
ここでの暮らしも、退屈はしなさそうだった。
これから何かが、始まる気がする…
が、その何かは…
まだ当分始まりそうにはなかった。
そして彼の中の何かを変えていくことなどは…
まだ彼自身も…気付く余地は無いのであった。
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