――三日後

「あっ、おはようございます。グルーさん」
朝から元気な声。が、妙に愛嬌がある少女の声である。
「…ティファか」
「はいっ。…あれ?どうしたんですかグルーさん」
「…何がだ」
「何だか…いつもより元気がないような気がするんですけど…」
苦笑いを向ける。

「そうか?」
「そうですよ。何か…疲れてませんか?」
…そう、グルーは疲れていた。
 その原因というのは…
「…来やがった…」
「え?」

――ドドドドドドドドド…

「あ、いたわっ」
「アレがリリーメの言ってたグルーさんねっ」
「グルーさーん♪」
何かの大群が押し寄せてくる。

「じゃあ、俺は行く」
「え?グルーさん?」
「あんなのに構ってたら体がいくつあったってもたない。こういうときは逃げるに限る」
すると、ティファの目に…

 口元をわずか上げただけの、笑った顔にも見えるグルーの姿が映った。
 が、すぐに表情を戻し

「ティファもあれに潰されたくなかったら早く逃げたほうがいいぞ」
と言うとグルーは足早に去った。
「…?」

 ティファは小声で呟いた。
「グルーさんが、笑った…?」


「どうしたんだ、グルー」
「悪い、ファレイ。かくまってくれ」
グルーはファレイの部屋に転がり込んだ。

「ま、いいか。とにかく座れよ」
「悪い」
グルーがファレイの部屋に入った数秒後のこと…
「グルーさーんっ♪」
「どこですかー?」
「一度ぐらいは握手してくださーい」
外のほうからこんな声。

「……フゥ」
溜め息。

「…大体の理由はわかったよ。リリーメだろ?」
「まあな…」
やっと開放されたグルー。…その通り、全ての元凶はリリーメであった。
 グルーと同じ雑貨店のバイトをしているリリーメ。が、リリーメがバイトを始めた次の日から午前中…つまりグルーのバイト以外の時間は毎日こんな感じなのであった。
 雑貨店のバイト中にまで現れないのは、リリーメが彼女らに仕事の邪魔だけはしないように言ったかららしいが…
 雑貨店でのバイトではリリーメになつかれるしバイトのない時間は彼女らに追い回されたりとグルーの気の休まる時間はどこへもなくなっていたのである。

「俺なんか追い回してて何が楽しいんだか…」
「まあまあ、今グルーは学園のアイドル的存在なんだからさ。これはカレイドから聞いた話だけど、今学園ではグルーの髪の毛やら何やらが金でやり取りされてるって話だからな」
また気持ち悪い話である。
「髪の毛が一本100R、一度でもグルーが使ったシャーペンなんかは300Rで取引されてるらしい。これじゃあ握手を求められるのも無理はないって。アイドルと握手したくなるのも当然みたいなもんだしな」
「ったく、追い回されるほうの立場にもなってみろ…」
再び溜め息。


――コンコン


「ん?誰か来たみたいだな」
「おい、ファレイ…」
「わかってるって。グルーを追ってきたやつらだったら、ちゃんといないって言うよ」
ファレイは玄関まで行ってドアを開ける。
「はい?」
「あの…グルー君、いるでしょ?」

 聞き覚えのある声。

「え?グルー?」
「大丈夫。私はあの子達みたいに、グルー君を追い回したりはしないから」
…どうやらこの声は…
「メリッサ…か?」
「グルー!」
「あ…グルー君」

 するとメリッサは意外なことを口にした。

「ここは危険だわ。すぐにあの子達が来るわよ」
と一言。
「…何で俺が追い回されてるのを知ってるんだ?」
「理由は後。とにかく図書館。あそこなら奥のほうにはめったに人がいないし、いい隠れ場所よ」
「…わかった」
するとファレイが
「俺はここにいる。女の子達が来たら、適当にごまかしておくよ」
と言った。
「悪い、頼む」
グルーはファレイにそう頼むと、2人は警戒しつつ、裏道を通りながら図書館までたどり着いた。

 そして奥のほうまで行くと、ドッと力が抜けた。
「ふう…ここまで来れば安心ね」
「確かに、やつらフィッシュ館に向かってたな…」
「…ごめんなさい」
急にメリッサが謝った。

「なぜお前が…」
「今回のこと、色々迷惑かけたでしょ?」
「お前のせいじゃない。…むしろ関係ないはずだが」
すると一度ため息を吐いて

「ところが、あるのよ。…リリーメ!!」
…と呼んだ。
「はーい…」
急にリリーメが現れた。
「…?」
「ごめんなさいね、リリーメのせいで」
「だから、姉貴が謝ることじゃないってばぁ。私が悪かったんだから」
「…おい、どういうことだ」
グルーには会話の中身が見えなかった。

「えーと…ごめんなさい、グルーさん。皆あんなにグルーさんのこと追い回すかと思ってなかったからさ」
「それはともかくとして…メリッサ、お前は何の関係があるんだ?」
すると再びメリッサがため息を吐いた。

「…この子、私の妹」
一言。
「…何だと?」
思わず聞き返す。
「だから、この子は私の妹!!年齢は同じだけど…とにかく私の妹なの。だから…妹が失礼なことしたら、謝るのが姉の勤めでしょう?」
「…信じられねぇ」
正直な感想だった。
 二人を見比べてみてもまったくと言っていいほど共通点は無い。
 メリッサはあまり裕福そうな格好をしておらず、またリリーメは対照的に随分と裕福そうな格好をしている。
 顔立ちもメリッサは少々つり目だがリリーメはそうでもない。
 性格だってメリッサは人にも自分にも厳しくリリーメは人なつっこい。
 少なくともグルーの目には二人とも対照的に思えた。
 が、同時に最初リリーメから感じられた共通する面影とは、メリッサのことだったのかと納得する。

「…で。わかってるわね、リリーメ」
「わかってるってばぁ。アレを静めればいいんでしょ?」
そう言うとリリーメは
「ちょっくら行ってくるねっ」
と言って図書館を出て行った。

 そして、グルーとメリッサだけが残った。

「…フゥ、やっと開放される…」
「ごめんなさいね、本当に。今回のことは、私からよく言っておくから。…あの子にバイトを勧めたのも、私だし」
「そうなのか?」
「ええ。これでも家の財政、結構厳しいから」
一度溜め息。

「まあ、今の所は何とかなってるけど」
「…」
すると、何かの気配を感じた。

「…来たな」
「え?誰が…」
「クレイア!いるんだろ…」
すると気配が姿を現した。
「よくわかったわね」
「あっ…あなたは、家の敷地内に変な魔法陣描いた魔女!!」
メリッサが機敏に反応する。
 そう、出てきたのはクレイアだった。
「こんにちは、メリッサさん」
「こんにちはじゃないわよ。昨日やっと消えたと思ってた魔法陣、また現れてるじゃない。あれ、どういうこと?」
「あら、いつの間にか消えてたから、ちょっと描き直しただけよ」
「あれ迷惑なのよ。気づいたらあそこに羊が1匹か2匹ぐらい吸い込まれてることがあるし」
考えてみれば恐ろしい話である。
 羊の行く末を案じるが、あのホルマリン漬け等がずらりと並んでいるあの部屋を思い出すと…とても無事とは思いがたい。

「そう。それじゃあ今度から人間以外の動物は立ち入らないようにしておくわ」
「そうしてもらわないと困るのよ。私だって仕事があるんだから」
「…おい、クレイア」
ほとんど忘れ去られていたグルーが声をかけた。
「何かしら?」
「お前、何しに来たんだ…?」
もっともな意見である。

「ああ、忘れてたわ。…今夜あたり『彼』が来るから、戦う準備済ませておいたほうがいいわよ。場所は…多分この間と同じ場所」
「…わかった」
「ちょっと…何の話よ。まさかうちの農場の話じゃないでしょうね?」
「…」
2人は返答に困り顔を見合わせた。










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