マリーが呟いた瞬間
 周囲は光に包まれた――

「…!?」

(…風見鶏…っ!?)

 マリーの手の上には、小さいながらも風見鶏が…浮いていた。
 グルーのものと同じような光をたたえながら、そこで輝いている。


「お前…!?」
「おじいちゃんに…言われてたの。もし同じものを持ってる人と会ったら、これを見せて…って。他の人には見せちゃだめだよ…って。あと…この手紙を渡して…って、言われてたの」
たどたどしい口調で言う。
 そしてマリーは言いながら自分の首にかけていたペンダントを開けた。
 …中には一通の手紙。マリーはそれをグルーへ手渡した。


「…」
グルーは丁寧にその手紙を開いた。

『この手紙を見ているのは…恐らくブレイアンド家の末裔だろう。
 恐らく私はもう長い命ではない。もう一度ブレイアンド家の者と会っておきたかったが、それは叶いそうに無い願いだ。
 だから、私はここに私の知っている事を書き記し、孫のマリーへ託そうと思う。

 君は彼女、マリーの風見鶏を見たことだろう。
 そう、彼女もブレイアンド家の血を引いている。
 母はサリー・ブレイアンド。サリーの兄はザード。恐らくこれを見ているのはザードの家系の者と思われる。
 私はサリーと結婚した男…つまりマリーの父親、ゼルの親に当たる。
 サリーはこの家に嫁に来たから、もうブレイアンド家の者ではない。
 しかし、彼女は風見鶏を受け継いでいたのだ。
 つまりサリーとザードの兄妹は2人とも風見鶏を持っていたのだ。
 そのため、2つの風見鶏が存在した。
 しかしサリーとゼルは風見鶏を狙った輩に殺された。
 サリーは刃物で傷つけられた後も、まだ幼かったマリーを抱えて私のところへと駆け込んできたのだった。
 そして、マリーを私に託した。
 この子は風見鶏の継承者だから、どうか外の者に悟られぬよう静かに暮らしてくれと。
 そして、現在に至る。
 しかし私も病気の床についている。そして以前していた借金も返せないでいる。
 きっとマリーは風見鶏の力によって守られるだろう。
 しかし、その後が心配だ。
 どうか、この子が不幸にならないよう…見守って欲しい』


 とりあえず、ここまで読んで…マリーの方を見た。

「…グルー?」
「…お前も、苦労したんだろうな」
無表情で一言言う。
 思わず、過去の自分と重ね合わせてしまう。

 グルーの父…つまり風見鶏の先代の名はザード。
 どうやらここに書いてある内容は…正しいようである。

 そして、手紙の続きを読み始めた――…


『銀の風見鶏の事は、昔とある魔術師から聞いた事がある。
 風見鶏の真の力――まではわからなかったが。
 しかし、ブレイアンド家に風見鶏が何故伝わったか――
 それを、これから書こうと思う。

 はるか昔。まだあまり技術が発展していない頃。
 当時は今よりずっと魔法が栄えていた。当時は男も剣士より魔法使いが圧倒的に多かったほどに。
 しかし、ブレイアンド家一族は…生まれつき魔法の使えない一族だった。
 当時の身を守る手段が魔法だったためか、このままではブレイアンド家一族は危なかった。
 そしてある魔術師にこう頼んだ。
 この一族に、延々と続く魔法を与えてくれと。

 魔術師はその願いを聞き入れた。
 そして今まで封印されていた刻印『銀の風見鶏』を授けた。

 しかし、魔術師は言った。
 この風見鶏は身を守るものに過ぎないという事。
 しかし…ある使い方をすると、世界をも揺るがす力を持つという事。
 悪用を防ぐために、その『ある使い方』までは言わなかった。
 が、『ある使い方』をすると『銀の風見鶏』は永久に消滅すると言っていた。

 君は聞いていないだろうが、風見鶏には魔法を使う力がある。
 もし君が今魔法を使えているのなら、それは風見鶏の力だろう。

 もうわかるかと思うが、風見鶏は『呪い』などではない。
 むしろ先祖の愛情が産んだものなのだ。
 しかしその力を狙う輩は多い。
 この手紙を開いている頃は、少なくなっているかもしれないが。
 だから君は、とにかくこの力の使い方を探して欲しい。
 これ以上、先祖の悲劇を起こさないためにも。
 風見鶏はブレイアンド家が守ってきた。だから、その力を使うのも…ブレイアンド家でないといけない。
 君がそれをどう使うのかは君の自由だ。
 ただ、君がもしザードの遺志を受け継いでいるのなら。
 それなら、悪用する事は無いだろうと…信じている。

 最後に、これまでのことを話してくれた魔術師の名を書いておこう。
 魔術師の名は…セルビア。今は生きているかわからない。

 ここまで読んでくれた事を嬉しく思う。
 では

                                ルド・ミラクル』

「…呪いじゃ、なかったのか」
さまざまなところに驚いていた。
 風見鶏は呪いではないこと、むしろ愛情が産んだもの。
 そして、それは…先祖が深く関わっている事も。

「魔術師、セルビア…か。もう死んでるかもな…」

(…少なくとも、これで少し情報が入ったわけだ)

 ぼんやりと空を眺める。
 とっくに忘れかけていた、父の顔を思い浮かべていた。

「グルー?」
「…お前、その風見鶏。もう表に出すんじゃないぞ」

(…そうだ、クレイア…!!)
立ち上がろうとすると、マリーはグルーの袖を掴んだ。


「…」
大きな目で、『どこ行くの?』とでも訴えかけているようである。

「…ああ、預かってるって約束したんだったな」
グルーは再び座り込んだ。


「グルー、あげる」
「…何だ?」
「お花、あげる」
傍で切った花を渡してきた。屈託の無い幼い少女の眼差しで。

「…ああ、サンキューな」
子供の相手には慣れてないが、一応受け取っておいた。




 そして、数時間後。
 もう日が暮れ始めていた。

『おじいちゃんは、遠くに行っちゃだめだよって言ってた。
 行っちゃうと、『けっかい』が解けちゃうんだって
 だから、マリーはずっと…約束守ったんだよ』

 マリーがそう、話していた。

 ティファにマリーを頼み、そしてクレイアの所に向かっていた。
 マリーから借りた手紙を手に握りながら。


「…グルー君?」
「…ああ、メリッサか。悪いが、農場に入らせてもらう」
「何でこんな時間に?」
「悪いが言ってる暇が無い。クレイアの所に用があるんだ」
すると、メリッサはそれ以上深く聞くつもりは無いらしい。

「…そう、わかったわ」
「じゃあな」
グルーは早足で魔法陣のところに向かう。


 そして、魔方陣に乗り…クレイアの部屋へと入ったのだった。


「あら、あなたから来るのは珍しいじゃない…何か掴めたのね」
「ああ…マリーの祖父がこんなものを残してあった」
クレイアに手紙を見せてみる。

 …クレイアに手紙を見せたのには、訳があった。
 最後に書いてあった…『セルビア』と言う魔術師の名。
 もしかしたら…クレイアなら、知っているかもしれない。

「…セルビア…!?」
クレイアは今までに見せた事の無い驚いた顔。
「…知ってるのか?」
「知ってるも何も…」
クレイアは一拍置くと

「セルビア…彼女は、私の姉よ…もうこの世から去ってしまったけれど、随分と長い時を過ごしていたようだわ」
と衝撃的な事実を告白した。クレイア自身が年齢不詳であるため、かなり真実味がある。

「恐らく…」
「何だ?」
「あなた達一族に風見鶏を授けたのも…私の姉よ。まったく、こんな所でつながりがあったなんてね」
口元を少し上げて笑う。
「…ますます調べ甲斐があるじゃない…きっと書物が残ってるはず。もっと深く調べてみるわ」
「…ああ、頼んだ」
もしかしたらクレイアが一番、今の知り合いで頼りがいがあるのかもしれない。
 変なところがほとんどだが、こういうときに頼れるのはやはりクレイアだろう。

 しかし、また別の信頼を抱いている人物が…グルーにはいた。


「じゃあ、頼んだ」
「あなたも調べるんでしょう?」
「ああ。少なくとも歴史書をもっと見てみる必要があると思ってな」
グルーは足早に去ることにした。

「…」
帰り道
 何だか変な感覚が襲う。
 何なのだろう、この感覚は。

 どうも、すっきりしない。
 風見鶏の正体が掴めてきているというのに。
 何故か…すっきりしなかった。


「グルー?」
「…ん?ファレイか…」
「偶然だな、こんな所で」
ファレイはいつもどおりの雰囲気を保っている。

「なぁ、グルー」
「…何だ?」
「答えたくなかったら答えなくって良いけどさ、今日…何かあったか?」
成り行き上、一緒に帰っている2人。

「…何でだ?」
「何となく。いつもと違ってる様子だったからさ」

 年上だからか何なのか
 雰囲気が自分より大人びているように見える。

 以前こんな話をしたことがあった。
 シルドが酒を勧めてきたときのことである。

『えええええっ!?グルーって19歳だったのか!?』
『…ああ、そうだが』
『信じらんねぇ…俺より1つ年下だったなんてよ…』
『じゃあ、2人とも俺よりは年下だな』

…間。

『…へ?ファレイって俺より年上だったっけ?』
『ああ…前に言わなかったっけ?21だけど』
『どうりでシルドよりは落ち着いてるわけだ』
『グルーっ、それはてめぇも同じじゃねぇかっ!』
『俺をお前と一緒にするな』

「俺でもわからねぇよ…」
「そうなのか。…でもさ、何かグルーって雰囲気変わったよな」
ふとグルーはそちらを見る。

「…変わった…だって?」
「ああ。何がって言われると困るけど、どこか変わった感じがする」
するとファレイは上を見る。

 たまにかけている眼鏡が、きらりと光ったように見えた。


「…あれ、グルーとファレイ?どうしたんだ、2人して…珍しい」
「珍しくて悪かったな」
「たまたま途中で会ったんだよ…ところで、シルド。夕飯食べたか?」
「まだだけど、それがどうしたんだ?」
ファレイは珍しく
「じゃあ、これから食べ行こう。グルーも良いよな?」
「あ、じゃあカレイドも誘ってこーぜ」

 …こう言われると何故か付き合ってやろうという気になってしまう。

「ん?どうした、グルー。まさか行かないなんて言わねぇよな」
「…ああ、今行く」

 確かに…確実に何かが、変わっているようだった。


「じゃ、やっぱりルネサンスか?」
「たまには別のところ行こうぜ」
「あ、でも僕お金無いので…」
「俺も、バイト代無駄にしたくねぇ」
「じゃ、全会一致でルネサンスで決まりだな」

「…で、結局大武道大会には出るのか?」
「当然だっ!優勝連覇を果たしてやる…!!本番は10月だから見に来いよ!」
一瞬グルーの手が止まる。

「…優勝連覇だって…?」
「ああ、そういえばグルーは知らなかったっけ。シルドは大武道会常連者であって優勝常連者でもあるんだよ」
ファレイは言う。

「…」
「…お前、何だか『何でこんな奴が』とか言いたそうな顔してるぞ…」
「ま、これでも武道は結構長けてるんだぜ、こいつ…グルーに1秒もたたないうちに倒されたけどな」
「ファレイ!それを言うなっ!!」
「どうせなら…グルーさんも出れば良かったんじゃないですか?」
カレイドが言う。

「…そっか…グルー!お前出ろ!!」
「俺はそういうのには興味が無い」
一言で終わった。




 確かに、グルーの中では…確実に何かが変わっていた。




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