…何だかわからないまま、その日は終わり
グルーはバイトに行く準備をしていた。
「…ん?シルド…?」
アパートの階段を下りると、裏でシルドが何かをやっているようだった。
「たぁっ!!でいっ!!」
案外たくましそうなパンチやら蹴りやらの練習を行っている。
「強そうだろ?シルド…」
気づくと横にファレイが立っていた。横にカレイドもいる。
「…まぁな…」
「大武道会が近いから…頑張ってるんですね」
カレイドが呟く。
確かにシルドの鍛え方はかなり本格的なものだと、グルーも見て取れた。
「シルド!どうだ、調子は」
ファレイは訊く。
「ああ、バッチリだっ!…楽しみだぜー!今年は!!」
シルドの瞳は喜びに輝いていた。
「…おーい、シルド」
すると、しばらく聞いていないが聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「んー?何スか管理人さんー」
「手紙が届いてるぞ」
シルドははっとしてそこまで駆け寄っていった。
このアパートには郵便受けというものが無い。そのため、郵便物は全て管理人のもとへ届くようになっているのであった。
…シルどの手にしている手紙は、綺麗な柄が印刷されている…かなり高価なもののようだった。
シルドは封を開け、一瞬だけ目を通すと…その手紙をびりびりに破り捨てたのだった。
「さてとっ、再開再開ー!グルーもファレイも、もうバイトじゃないのか?カレイドだって約束があるって言ってただろ」
「…」
「ああ、そうだな…じゃあ、行ってくるよ」
とりあえずこの場を去ることにした。
…恐らく今の時点では、何を訊いても彼は何も答えないだろう。
破り捨てられた手紙。
もっとも、グルーにはそんなことに興味など無い…はずだった。
しかし、普段では予想もつかない行動のために、多少気になりつつはあったのであった。
「…」
3人が去った後。
「…ついにばれたか…」
シルドは普段見せた事の無い神妙な顔つきになった。
「シルドって、前に色々あったみたいなんだ」
ファレイは静かに話す。
「この街に来たのだって、確か2年ちょっと前ぐらいだし…ただ、前からあんな感じだったから。俺もよくは知らないんだけど」
「…珍しいな、お前が人の事を話すのは…」
「グルー、知りたかったんじゃないのか?そんな顔してたけど」
ファレイは微笑する。何もかも見抜かれている感じだ。
つくづくこいつは不思議な奴だ…
グルーはそんなことを思っていた。
「あれっ、何でグルーさん来てるの?」
「あの…今日はお休みだから、私たち…ですよね?」
「ん…?そういえば、そうだったな」
今日は学校が休みの日。学生がバイトに入るのはもはや考えなくともわかることだった。
「ま、手伝ってくれるとありがたいけど〜…ってグルーさんっ!?いつのまに〜…」
「もういないよ?すぐに出ていっちゃったけど…」
かくして、暇な1日が生まれたのだった。
そして、何となく街をぶらぶら歩く。
昔はいつも…こんな感じで、街を歩きつつバイトする日々が続いていた。
そして、メリッサの農場の一歩手前にある農場の公園…そこの芝生で、しばらく寝転がっていた。
「…こんにちはっ、グルーさんっ!!」
「わっ…ティファか…」
急に目の前に顔が現れる。
「ここにいるなんて珍しいですね。どうしたんですか?」
確かに、この公園には滅多に足を運ばない。
バイトが忙しいのもあり、足を運ぶ暇すら無かったのであった。
「ああ…ちょっとな。ティファはどうしたんだ」
「私ですか?私は、いつもここがお仕事場所なんです。小さい子もいっぱいいて、楽しいんですよー」
街にいるときもあるんですけど…と、ティファは笑って続けた。
グルーの隣に腰掛ける。
「…グルーさん、ちょっと…聞いても良いですか?」
「ん?…何だ」
「あの…ずっと聞いてみたいなって思ってたんですけど…」
しばらく言わずにいたが…
「グルーさんが旅してた頃の話、聞かせてくれませんか?」
一瞬、グルーは驚きの表情を見せる。
ティファは口を押さえると…
「あっ、ごめんなさいっ。良いんです、ただ…」
「…」
「ただ…私、あまり他の街知らないから…聞きたかったんです」
「…他の街…か…」
そして、思いつくのはある街の事。
旅を続ける上で、この街だけは忘れる事が無かった。
…ずっと前に、離れた…街だから。
「…リヴィティアっていう…ここより南に位置してる街、知ってるか?」
「リヴィティア…知らないです。どんな街なんですかっ?」
「ここよりも山に点在してるからな…畑のほうが多いし、宿の設備もしっかりしている。昔、寄った街だ…海は見えない」
「へぇー…私は、ずっと海を見てきたから…山の生活も、ちょっとやってみたい気がします」
ティファは笑顔で話を聞く。
…何でこんな風に、笑えるのだろうか?
そんな疑問が、ふと彼の脳裏をよぎる。
「あ、じゃあ私は仕事に戻りますね」
「ああ」
「それじゃあ、さよなら。またお話聞かせてくださいね」
ティファは軽い足取りで去っていった。
グルーもとりあえず立ち上がり、移動することにした。
…それを、密かに眺めている影が…存在した。
「…あれって…そっか、こんなところにいたのか…」
影はにやりと笑うと…
「じゃ、当分はこの街にいるかな…まだ本人だとわかったわけじゃないし」
「…いらっしゃいませ。お1人でしょうか?」
「ああ…」
何となくルネサンスに寄ってみたりする。
しかし、どうも暇でたまらない。働いていないと落ち着かない性分らしい。
「あれ、グルーじゃないか。どうしたんだ」
後ろからシルドがやってくる。
「別に、ただ暇なだけだ」
「じゃあ付き合えよっ。ケイさんコーヒー二人前!」
「わかりました」
ウエイターは金髪で肩にかかる髪を耳にかける。
接客の仕方といい手馴れているようだ。
しかしこの時間に来た事が無いためグルーはあまり見たことが無かった。
「…何だ、やけに機嫌が良いじゃないか」
グルーはあきれ顔で言う。
「まあなっ!今月からバイトで昇格して、バイト代上がったんだぜー!こりゃあ機嫌良くもなるさ」
さっきの手紙を受け取ったときの様子とはわけが違う。
それだけ、機嫌が良いようだった。
「ハイ、お待たせいたしました」
「どーも」
シルドがコーヒーを受け取る。
「だから、これは俺のオゴリ」
「珍しいわけだな…」
すると、厨房の方からレオラが出てきた。
「ケイ!次の出来たわよ!」
「ハイ、了解」
ケイはどんどん鮮やかに仕事をこなしている。
「あ、グルーは見たこと無かったよな。あの人、ケイ・カザミネさんって言って、最近よくウエイターで入ってるんだ」
「そうなのか…」
「で、何とレオラの婚約者なんだぜ!すげぇよなー…ったく」
「お前がレオラに手を出さないわけがわかったよ…」
溜め息混じりに呟いた。
「ったく、暇な1日がこんなに退屈なものだったなんてな…」
「お、何だ。バイトクビになったか?」
「てめぇと一緒にするんじゃねぇよ」
コーヒーを啜る。
「…お前ってさー、つくづく暇がダメな奴なんだな」
「そうみたい、だ…暇は暇でやることが無くて困る」
「あ、そうだ…」
シルドがポケットの中をかき回す。
「コレ、大武道会のチラシ!…来るよな、もちろん」
「ん?…面倒だな…」
「ひでぇっ!いいから来いよ、絶対!!」
「…考えとく」
ぼんやりと、チラシをポケットに入れる。
「いよいよ来週だぜっ!!」
「…力入ってんだな…」
溜め息を吐くばかり。
しかし、少しだけ…そんなわくわくした感じのシルドが、羨ましくも見えた。
風見鶏の秘密を知ったところでどうなる?
全ての秘密を明かしたところで、その後自分はどうする?
全ての秘密を見つけたところで――その後自分はどうなるだろう?
やる事も無く、することも無く…今日のような退屈で暇な一日を過ごすのだろうか。
「じゃ、帰るか…」
「あ、じゃあ俺これからバイトだから行くな!」
「これから、か…?」
この時間帯のバイト…というと、あまり思い浮かぶものが無い。
「新しいバイト、掛け持ちで始めたんだぜ!じゃあな」
「…昇格したからって、あまり調子に乗るんじゃねぇぞ…」
「…あっ、グルーさん…ですよね?」
「ん?…カレイドか」
視線を向ける。
「あの、ちょっと聞きたいこと…あるので、一緒に帰りませんか?」
「別に…構わねぇけど…」
カレイドが質問してくることなど滅多に無いことである。グルーは少々驚いたのであった。
「…あの、その…」
「…」
「えーっと…」
「…何だ?」
うつむき加減で繰り返している。
しかし…言い出せずにいるらしい。
「…そのっ…グルーさんは…」
「ん…?」
「…グルーさんはっ…ティファさんのこと、好きなんですか…?」
「…!?」
「えっと、その…違ってたらすみませんっ!!」
「…」
…どう答えたら良いものか。
それはどうしてもわからなかった。
「…さぁな…」
「ちゃんと答えてくださいっ、僕は…」
「あーっ、グルーさんとカレイド君!」
…いつもはこの声が聞こえてきてうんざりするところであるが。今はどうしても違う意味で聞こえてくる。
「リリーメか…」
「今帰りなの?2人とも!」
「こ、こんにちは…」
ミリーも顔を出している。
「あっ、カレイド君!ミリーのこと送ってあげてよ。もう暗いしー」
「え?えっと…」
「リ、リリーメ、失礼だよっ…」
袖を引っ張る。
「で、グルーさんっ。家の方まで送って〜」
「何で俺がそんなことを…」
「いいからっ。じゃあね、ミリー、カレイド君っ」
「え?え?」
「ちょっとリリーメーっ」
リリーメに引っ張られて来てしまった。
「…何のつもりだ、一体」
「もうっ、グルーさんってば鈍いよね〜!ミリー、カレイド君が好きなの。友人として応援したくなるのは当然でしょ?」
とりあえず、リリーメに助けられてしまったのだが…
「というわけだから、グルーさんっ。送ってね〜」
「結局こうなるのか…」
そして、リリーメを送り届ける事となってしまった。
「あ、そういえばグルーさんっ。クッキー美味しかったぁ?」
「…何のことだ?」
「えー?シルドさんに確かに渡したんだよっ」
「知らないな…」
とぼける事にした。
「じゃ、この辺で良いわ。じゃあね〜っ」
「…ああ」
とりあえず早足で歩き始めた。
「…グルー君」
「…!?…クレイアか…」
「そんなに身構える事はないと思うわよ。…とりあえず、過去の書物を色々見てみて、風見鶏よりも姉のセルビアのことなら多少の資料が残っていたわ」
「…何…?」
「姉はとても長い時代を生きてきたみたい…1000年前も生きていたそうよ」
…そこでグルーは引っかかる。
「…クレイア」
「何かしら」
「お前…一体何歳だ」
「あら、女性に年齢を聞くのは失礼じゃない?」
「…失礼どころの年齢じゃないだろ…」
「…で、500年前に起きた事故…それで重度の魔法障害を患ってから数年後に他界してるわ」
「…」
「事故が起きた頃は――私ももう、今の姿であったから…よく覚えているのだけれど」
グルーの中で、クレイアは最低500歳であることが認識された。
「読みづらいように書かれていた書物の中に、ディーンという名前が存在したわ…」
「ディーン…か」
「まぁ、直接関係は無いと思うけれど…名前だけは覚えていて、あなたが調べたものに出てきたら教えて頂戴」
「…ああ、わかった」
「調べれば…きっと何かつかめると思うから。私も続けて調べるわ。では、失礼するわね」
ふっと笑うと、消えていった。
風見鶏の謎は、まだ深い――…
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