『ティファさんのこと、好きなんですか…?』



 どうしても引っかかる。
 この言葉が。
 何も言わなかった。
 いいや…何も、
 何も…言えなかった――

 もうそんな感情は…昔、忘れ去った筈だから。



「…あの…グルーさんっ」
「ん…?」
朝、外に出てみると…ふと話しかけられた。
 カレイドである。

「あの…昨日は変なこと聞いてすみませんでしたっ!」
グルーはそっぽを向いてこう返す。できるだけいつも通りを装いながら。
「…別に、気にしてねぇよ…」
答える。正直動揺したのは確かだが。


「…なら良いんですけど…」
「おっ、グルー!カレイド!!」
シルドが寄ってきた。


「明日、絶対来いよな!!」
「…何にだ」
「大武道会ですね…僕、行きます」
「おおっ、サンキューっカレイド!」
「じゃあ、俺も行こうかな」
ファレイもいつの間にかそこにいた。
「よっしゃぁっ!!燃えるぜーっ…」
「燃え尽きなければ良いけどな」
「グルーっ、水をさすなぁっ!!」
よくそこまで熱くなれるものかと思う。

「…明日、か…」
「来いよ!」
「…考えといてやるよ…」
そしてバイトへ向かった。


「いらっしゃいませーっ」
リリーメが声高らかに言う。
 グルーはひたすら商品の陳列にかかっていた。

「グルーさんもさぁ、『いらっしゃいませ』ぐらいちゃんと言いなよー!」
「言ってるだろ…」
「でもあれじゃあ脅しにしか聞こえないって!接客業には愛想も大切なんだよ??」
「…レジはいつもお前がやってるだろ、俺には必要無い」
「でも急に私がバイトやめたらどうするのよー!」
…そんなことはまずありえない。
 グルーは内心そう思っていた。
 それは何故か…もともとリリーメという少女は飽きっぽい性分ではあるにしろこの雑貨屋では随分大切にされてきているのだ。
 店主も気が良く頼めば休み位はもらえる。それでいて適度な報酬も手に入るこのバイトを、リリーメが簡単に辞めるはず無いのだ。

「…あのっ…」
「はい、なーに?」
リリーメが接客に戻る。

「これ…ちょうだい」
「ハイっ。えーっと…30Kね」
「はい…」
少女の姿はカウンターの下に隠れて見えない。しかしその声にはどうにも聞き覚えがあった。

「…マリーか…?」
「あ…」
グルーが後ろから顔を出す。
「あれ?グルーさんこの子知ってるの??」
「ああ、まぁな…」
何でこんな所で1人でいるのだろう。
 ふとそう思いつつ、ただのお使いだろうと思い聞くのはやめにした。

「…グルー…大変なの…」
小さい声ながらいつもとはどこか違う声である。不安の色に満ちていた。

「…ティファ、熱があるの…」


「…何だって…!?」
「でも、『大丈夫』って言って…お仕事、行っちゃった…いけないって思ったけど…戸棚からお金出して、お薬買ったの…」
見ると、マリーが買ったのは解熱剤である。
 よく文字が読めたものだ…と普段なら思うところだが、今はそんなことを考えている余裕は無い。

「大変じゃないっ!わー、どうしよう…あれっ?グルーさん!?」
リリーメが言うが先か、グルーはエプロンを脱いで雑貨屋を出ようとした。
 しかし、服の裾をマリーが掴む。

「…マリーも、行く…」
「…ああ、わかった。リリーメ、少し出てくるからな」
「あ…うんっ。店長来たら適当にごまかしといてあげるー」
グルーはマリーを抱えて走り出した。
 随分と目立つ光景だが、この方が早く行けると思ったのである。


「…あの公園か…」
丘の上の公園…そこに行ってみることにした。


 …昨日は確かに元気だった。
 もしかしたら昨日から調子が悪かったんじゃないか?
 だけど、気づかなかった。
 気づいて、やれなかった…

 自分に対する悔しさがどんどんこみ上げてくる。

「…ティファ!」
「あ…グルーさん」
発見した姿は…昨日よりも明らかに不安定だった。
 いつもは片手にかけている花の入った大きなバスケットも、今日は両手で握っている。
 グルーは傍に駆け寄っていった。

「…大丈夫なのか?」
「え…マリーちゃんも…?やだなぁ、大丈夫だって言ったでしょう?」
「だって…ティファ…」
笑顔を向ける。しかし顔は赤い。

「そんな顔して…」
「大丈夫ですよ、これくらいで倒れちゃ…だ…」
ティファの体からふっと力が抜ける。バスケットの花が舞った。

「…ティファ!?…チッ、行くぞマリー!家教えてくれ」
「あ…うんっ」
グルーは軽く舌打ちし、ティファを背負うとマリーの後を追った。

 ティファの家は丘の外れを少し行ったところにあった。
 周りは山でかなり静かな場所である。

「…ここ…」
「他のチビたちはどこだ…」
「みんなは外に行ってる…」
マリーが扉を開ける。
 木ので作られた、それなりの大きさの家。
 そして、手近のベッドにティファを寝かせる。

「ふぅ…マリー、薬」
「え…でもお薬はご飯の後じゃなくちゃダメって、ティファがいつも言ってる…」
「…ちょっと見せてみろ」
マリーの買った薬のラベルを見る。…確かに「食後」という表示があった。
 …このまま寝かせただけで体調が良くなるとは思えない。
 ただ、どうすれば良いのかもわからない。

「…グルー」
「ん…?」
「ティファのご飯、作らなきゃ…」
マリーは思わぬことを言い出した。

「…何だって?」
「だって…ティファ、今日お弁当作ってなかったから…多分まだお昼食べてないよ…作ってあげなきゃ…」
そして、恐れていた言葉。


「…グルー、作って」


「…俺が…か?」
こくりと頷く。
「マリー…届かない」
 言えている。マリーの背では台所の器具は全て届かない位置に置いてあった。
 …グルーは頭を抱える。
 料理…料理。
 彼が前に料理を作ったのは…一体いつのことだっただろうか?
 1人で旅していた間は、バイトで稼いだ金で食事または動物を捕らえて肉を焼くことぐらいであった。
 その作業も雑で、ナイフで皮を切り刻む事ぐらいしか出来なかったのだが。
 そんな経験しか無い彼であった。

 とりあえず、冷蔵庫をのぞいてみる。
 冷蔵庫と言っても、水の属性の魔法で冷やしてあるだけの箱だが。


「ご飯は多分、朝作ってくれたのが残ってると思うから…」
グルーはふと思う。

(朝作った…ってことは、朝飯は作ったんだな…無茶しやがって…)

「…お願い、グルー」
グルーの身内とは思えない大きくて純真な目で見上げられる。
「…しょうがねぇな…」
もはや残された道はこれしか無いと察し、やることにした。
 とりあえずタオルを濡らし、ティファの額に乗せておく。

 そして、思い出した料理が1つ。

「卵があったな…卵雑炊…か」
それしか思い浮かばない。
 むしろそれも作ったのではなく食べた記憶しか無いのだが。
 その時当時の仲間に教えてもらった作り方が…わずかながら残っていた。


「…じゃあ、マリーはその辺で座ってろ」
「マリーも…手伝う」
「…しょうがねぇな…じゃあティファの額のタオル変えでもやってろ」

 …とりあえず、始めることにした。

(…確か、こうだったっけか…畜生、あんま覚えてねぇ…レイシャの作り方は確か…)
作り方を教わった情景を思い出そうと試みる。
 まさか自分が作る事になろうとは…夢にも思わなかったため、ほとんど聞き流していたのだった。

『グルー、ちゃんと聞いてるの!?』
『…別に、俺には必要ねぇし』
『そんなこと言って、私が熱出したらどうするのよー』
当時の光景が蘇る。

 そして、台所をうろつく。
 米を色々いじってみたり卵を記憶を頼りに調理したり…


 そして、それは一応…完成した。


「…ふぅ…」
「完成した…?」
近くの椅子に座ると、マリーが寄ってくる。
「…まぁな…」
「味見する…」
テーブルの上に置いてある鍋の中から皿に少し取り、一息吹いてマリーは口の中に入れた。


「…どうだ」
「…おいしい。これなら…ティファも、元気になるよ…」
グルーは安堵の溜め息を吐いた。

「そうだ…ティファはどうだ?」
「さっきよりは…大丈夫そう」
そうかと立ち上がると、グルーは雑炊を皿に盛った。
 少し冷ましておかないといけない…そう思ったから。

「…じゃあ、ティファの様子見てくるか…」
立ち上がり、ベッドのほうへ行く。
 ティファの寝ているところは台所から一本道で繋がってはいるが、台所からそちらは見えない。


 ティファは、すうすうと寝息を立てていた。
 顔は赤いが、さっきよりは調子が良さそうである。

「…ったく、心配かけさせやがって…」
呟く。
 そこでグルーは気づいた。

 心配…だって…?

 人を心配する事など、ここ数年していないことである。
 ただ、今ふいに出た言葉。
 これが…本心なのだろうか。


「…グルー…さん…?」
そう呼ばれ、顔を上げた。


「…あれ…私、何でここに…」
「…熱出して倒れたんだ」
「あっ…やっぱり私…倒れちゃってたんですか…」
マリーが顔を出す。
「…ティファ!」
「マリーちゃん…?」
「俺に知らせてくれたのもコイツだ…」
マリーは小さな声で呟く。
「だって…ティファ…顔真っ赤だったし…大変そうだったし…」
「…ありがとう、マリーちゃん」
微笑んで見せた。

「あのね…グルーがご飯作ってくれたんだよ…」
「…え…?」
ティファは驚いてこちらを見る。グルーは顔をそっぽに向けていた。
「…持ってくるから」
マリーは歩いていく。

「…腹減ってないんじゃないのか、風邪の時は…」
「でも…食べないと、力つきませんから…それに、せっかくグルーさんが作ってくれたんです。食べなきゃ…罰が当たります」
すると、上半身を起こした。
「大丈夫か」
「はい、ちょっとふらふらしますけど…大丈夫です」

「…持ってきたよ」
「ありがとう、マリーちゃん」
スプーンまで入っている。マリーは意外と気が利くようだ。

ぱくっ

「…」
伺う。
「…おいしいですっ、グルーさん。本当に」
笑顔で、本当に美味しそうな顔で食べる。
 …その笑顔が自分に向けられたものだと思うと、何だか急に照れくさくなってきて、グルーはそっぽを向いていた。
 ティファは、卵雑炊を食べきった。

「…ご馳走様でした」
「あ、ティファ…お皿、持ってく」
マリーが皿を受け取ると、台所の方まで持っていった。

「グルーさん、ありがとうございました」
笑顔で言う。
「グルーさんがいてくれなかったら…マリーちゃんも不安なままだったと思います。本当、グルーさんがいてくれて良かった…」
「なっ…俺はそこまでは…」
していない、と言おうとしたところで言葉が詰まった。
「していない、なんて言わせませんからね。だって、本当に今回はグルーさんのおかげだったんですから♪」
返す言葉が見つからない。
 唯一言えたことは…

「…お前の事、助ける事しか頭に無かった」

 それも果てしなく小声で。自らにしか聞こえないような声で。
 でなければ、彼は料理すら…するつもりは無かったのだから。
「…え?グルーさん、今何て…」
「いいから寝てろ…ったく…」
聞こえていなかったことに多少ホッとしながらもこう言った。

「…これからは無理するんじゃねぇぞ」
ティファは風邪のせいもあり、またこんなことを言われたのもありで少し顔を紅くしつつ…
「…はい、わかりました」
と言った。


「…じゃあ、俺はもう帰る。…マリー、後頼んだぞ」
「わかった…」
「あ、本当に…ありがとうございました!」
去り際にティファが言った。



 去り際、グルーは考えていた。


『ティファさんのこと、好きなんですか…?』


 正直言って、わからない。
 そんな気持ちを知った事は無い。
 …ただ、助けたいと思ったことは事実だった。
 目の前で苦しんでいる彼女を、助けてやりたいと思ったのは、事実…だった――

「…どうなっちまったんだ、俺は…」

 グルーの気持ちにはいつの間にか変化が現れていた。
 もっとも、随分前から変わってきてはいたのだが…彼がその変化に気づいていないだけであって。

 しかし、彼が自分の本心を悟るには…
 まだ少し、時間がかかるようであった。







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