――ザシュッ

「…何、俺のモンに手ぇ出そうとしてるわけ?」
目の前に倒れた人影はうめき声を上げている。
「アレは、俺のモンなんだよ…覚えとけ。まぁ、覚える必要もねぇけどな…」
そして彼は手を振り上げ、次の瞬間目の前の人影は絶命した。



銀の風見鶏 第五話 変わり始めた時



「…ん?まだいやがんのか」
人影を感じた彼…コールドは振り向いた。
「…誰だ、貴様。貴様もアレを狙って来やがったのか?」
目の前の人物は少し笑う。
「やだな、そんなことはしないよ」
「…じゃあ奴の側の人間か」
「まぁ、そんなとこだろうな…しばらく話もしてないけど」
彼は周囲を見渡した。
 死体がいくつか転がっている。

「これ、みんなアレを狙って来た人たち?」
「まぁな…俺の姿を見られた以上、貴様もこの中の1つになってもらうぜ」
しかし、目の前の人物はそんな気などさらさら無いようで。
「悪いけど、俺はまだ死にたくないんだ」
と言って目を閉じる。次の瞬間そこから目の前にはだれもいなくなっていた。魔法の一種のようである。

「チッ…」
コールドはそう舌打ちした後、自分も去ることにした。

 そして、その様子を隠れて見守っていたのは――…


「…ふふ、そろそろ行動に移るわね…」
他でも無い…魔女クレイアだった。




 そして、まだ血の臭う現場には…クレイアしか残っていなかった。
「まったく、好き勝手にやっていくわよね…私が処理しないと、メリッサさんに怪しまれるんだから」
そう言うと、クレイアは手で印を切った。
 すると目の前の死骸は…跡形もなく消え去ったのだった。
 去っていく死霊を1つ引き寄せる。

「…聞きたいのだけれど。あなたはどうしてアレを狙ったの?」
死霊は声無き声で話す。
 クレイアはそれを聞き取った。

「…わかったわ、ありがとう。成仏しなさい」
そして死霊は天へ登っていった。



 そして、また少し離れた場所で。
 空を見上げる少女がいた。



「…今日も星が綺麗…」
そう呟きつつ、芝生に座る。
 見上げる瞳は穏やかだけれど、表情はどこか儚げだった。

「…始まりますね、いよいよ」
彼女は立ち上がると…家へ入った。





 ある日。冷え込んできた冬の日のこと。


「…っ〜…さみぃ〜…っ」
「そろそろ冷え込んできたな…雪でも降りそう」
「縁起でもないこと言うな。防寒具買わなければいけなくなる」
グルーは秋と同じ服装である。寒そうとしか言いようが無い。

「…寒くないか、グルー…」
シルドがその格好を見て呆然と言う。
「当然だろ…寒いに決まってる」
無愛想に言った。
「少しは服に金かけようとか思えよ…ったく、その格好じゃ見てるほうが寒くなってくるぜ〜…」
「バイト代で買えば良いんじゃないか?風邪でも引いたら話しにならないだろ」
「これだって先々月に買ったばかりだ」
「とは言ってもなぁ…春と秋を併用するのはわかるけど、秋と冬を併用するのは無理があると思うぜ?」
もっともである。シルドの言う事が初めてグルーは正しいと感じた。

「…しょうがねぇ…買ってくるか」
グルーは部屋を出ることにした。ちなみに今までいたのはシルドの部屋である。


「…」
外は想像以上の冷え込みだった。
 これでは休み明けのバイトも身が入らないだろう。

「…あ」
声が聞こえた。

「グルーさんっ、こんにちは!」
傍に駆け寄ってきたのは…ティファだった。
「あ、ああ…」
「お買い物ですか?」
「まぁ、そんなところだ…」
呟いた。
 そして、ふと思った事を言う。

「…寒くないか、お前」
「それはお互い様ですよ、グルーさん♪」
ティファの着ている服もまた…季節不相応なものだった。
「今日は服を買いに行く所なんです♪」
「そうなのか…なぁ、ティファ」
「何ですか??」
グルーは多少ためらいつつ言う。
 ここで下がってはいけない…
 この場で別れて、後で洋品店で顔を合わせるのだけはどうしても避けたかった。

「その、案内してくれないか…洋品店」
「え?良いですけど…」
「俺も買いに行く所だ…」
「そうなんですか♪じゃ、案内しますね」
成功。グルーは、内心安心を覚えていた。

 そして、2人は洋品店に到着した。

「…さてと、何買おうかな…それじゃあ、私はこれで」
「ああ、悪かったな」
ティファは女性もののコーナーへと去った。
 グルーは男性ものの方へ足を運ぶ。

「…あ…グルーさん、ですか?」
「ん…?」
どこか聞き覚えのある声。一緒にいるもののせいでいつも声が遮られてしまっているような声。
 グルーは振り向いた。

「…ミリーか」
「こ、こんにちは…お買い物、ですか?」
「まぁ、そんなところだな…」
珍しい所で会うものである。目の前にいたのはミリーだった。
「…お前こそ、こんなところでどうしたんだ」
「わ、私は…」
言葉を探している様で。
「その…プレゼントを買いに来たんです」
「プレゼント…?」
「は、はい。ここの洋品店、年末は休みになっちゃうから…その、年始が誕生日の人だから…プレゼント買いに来たんです」
「そうか…」
グルーはそう言うと
「じゃあな」
と去ろうとした…が。
「あ、あの…!」
「ん…何だ?」
珍しく少し大きな声で呼び止められる。
「あの…男の人って、どんなのが欲しいか…その、ちょっと教えてくれませんか?」
どうやらグルーの意見を聞きたいらしい。
 …弱った。
 服を買うのもケチるグルーのことである。
 欲しいものを聞かれたら「金」「武器」と答えるグルーである。
 そんなことがわかるハズはなかった。

「…さぁな…俺はこういうのはよくわからねぇ」
「そ、そうですか…どうしよう…」
「…迷ってんのか?」
「はい…その、時計と…スカーフで」
そう、そこは紳士商品の小物コーナー。グルー自身は身につけようと考えた事の無いようなものが羅列している。
「高いんじゃないのか?」
「そ、それは…そうなんですけど…でも、やっぱり良いものの方がいいかな…って…」
そこにあるのは懐中時計やスカーフ等等。グルーにはどうも良さがわからない。
「こういうのは俺よりリリーメやシルドとかの方が良い気がするけどな…」
「リリーメは…今日来られないみたいで…シルドさんは…」
言いづらそうにしている。理由はわかる。シルドはミリーの一番苦手そうな人間だからだ。

「そうか…人にもよるけど、時計とかの方が実用性があって良いんじゃねぇのか?」
無難なものにしておいた。スカーフなどと答えると、今度はどの柄が良いか聞いてくるだろう。柄だったら、それこそシルドやリリーメの管轄だ。
「これですか?…そうですね、時計の方が使いますよね…ありがとうございます、これにします」
礼儀正しく頭を下げた。
「別に、構わねぇよ…じゃあな」
「はい。…ありがとうございました」
そして、グルーは服売り場へと急いだ。

 そして、男性服売り場に着く。
 自分の好みのものを探し始めた。

「…ねぇな…あんまり」
探してみたところで、どうも自分好みのものが無い。
 サイズの大きいもので、それなりに動きやすい体裁の良い服。
 派手なのはもちろん対象外だった。
 しかし、地味なのというと…どうもしっくりこないのであった。
 自分に似合うかどうかは全く考えていないのであるが、だったらこれで良いかと自分に問うとやはりどうもしっくりこない。
 他の事ははっきり決める割にこういうところで何故はっきり決めることが出来ないのか…彼自身疑問だった。
「グルーさんっ」
「…?ティファか…」
「まだ決めてなかったんですか?私はもう買っちゃいましたよー」
彼女の手には洋品店の袋が握られている。
 どうやらこういう時はティファの方がはっきり決める素質があるようである。

「…決まらねぇんだよ…」
ふぅ…と息を吐いた。
「普段こういうの見ねぇからな…」
「そうなんですか?じゃあ、私が選びましょうか?」
思っても見ない言葉。
「…本気か、お前…」
「はい、本気です」
「俺の条件に当てはまるのはあまり無いかもしれねぇぞ…」
「大丈夫です、探してみせます」
微笑んだ。グルーはどうもこの笑みに弱い。

「…あんま金のかからない…サイズは大きいやつで、それなりに体裁の良いやつを頼む。派手なのは却下だ」
「はいっ♪ちょっと見てきますね〜」
ぱたぱたと走っていく。そして一箇所を探し回っていた。
(おい…あそこは確かデザインが派手目で俺が真っ先に却下した所だったような…)
多少の不安を抱きながらも、グルーは待つことにした。

 …数分後。

「これなんかどうですか?」
一着の服を持って現れた。

「…中華か?」
「はい。グルーさんに似合うと思うんですけど…」
前に見たことがある、中華風の衣装。街中で自分と同じ世代の若者が着てるのも見たことがある。
 この手の服を、前に秋ものを買ったときシルドに勧められたことがあるが…その時は即答で却下した。
「…こんなのが俺に似合うと思うか?」
「はい♪じゃあ、試しに試着してみてください」
傍にあった試着室に押される。
 …まぁ、動きやすければそれはそれで良いのだが。
「…しょうがねぇな…」
そう言いつつも、グルーは試着室で着替えたのだった。

「…終わったぞ」
「はいっ。…わーっ、やっぱり似合ってます!!」
ティファの目は輝いていた。
「…そうか?こういうのはシルドとかの方が合ってる気がするぞ…?」
「グルーさんに似合ってますよ♪それ…」
すると、近くから声が。

「あれ…グルーさんと…ティファさん」
先ほど会ったミリーだった。手には今買ったと思われる紙袋を持っている。
「ミリー…!?」
「ミリーさん、こんにちは。…グルーさん、似合ってますよね?」
するとミリーはためらいも無く頷いた。
「はい…その、似合ってますよ。グルーさん」
微笑んで言った。どうやら嘘ではないようである。


 そして、その後。
 他に服も見当たらなかったので結局それを買って帰ることにした。


 そして、部屋に入り腰を下ろす。
 服は面倒なので着替えたまま買っていった。

「…グルー!入るぞ!!」
途端にうるさい声。
 どうやら足音で帰ってきたのがわかったのだろう。このアパートは嫌というほど廊下の足音が響くのだ。

「…ああ」
そう言った瞬間、シルドが入ってきた。
「おっ、やっぱ買ってきたんだなー!!」
後ろにはファレイ、カレイドといる。
「うわ、お前にしては随分とセンス良いの買ったじゃねぇか…」
シルドが言う。
「そうだね。前のよりは全然良いと思うけど」
「似合ってますよ、グルーさん」
ファレイとカレイドも言う。
 褒めているつもりなのだろうが、自分のセンスをけなされているような気がしてならない。
 しかしここであえて文句は言わなかった。大体こいつ等はティファが選んだという事を知らないのだから。
「でもお前、前に俺がこういうの進めたとき断らなかったか?」
「いつの話だ?」
とぼけることにした。

 しかし、グルー本人が選んだのではない事をシルド、ファレイは気づいた。

「…で、誰に選んでもらったんだ?」
シルドが何気なく聞く。
 グルーは容赦なく無視する。
「無視すなっ!で?誰にだ?お前はこんな服選ばないだろうが??」
「うるせぇな…」
ファレイに視線を送る。こいつをどうにかしろと。
「んー…グルー、それ…お前が選んだやつじゃないだろ?」
ファレイにあっさり切り返された。
「誰だ〜?このっ、教えろっ」
「お前に教えると後がどうなるか…」
「んだと!?俺があんまりにも口の軽い男に聞こえるじゃねーかっ」
「違うのか?」
容赦なく突っ込む。
「でも…俺もちょっと興味あるなぁ」
ファレイがぽろっと口にした。
「ファレイ…お前まで」
「いや、ちょっと興味があるだけだよ…な、カレイド」
「ぼ、僕は…」
押し黙る。
「そうだな…当ててみようか?」
「当てたって答えねぇよ」
「じゃあ、確かに誰かに選んでもらったんだな」
「ぐっ…」
言葉に詰まる。
 やはりこういう時の話術はファレイのほうが上のようで。
 グルーは自分で入れたコーヒーを口に含んだ。

「…そうだな、例えば…ティファとか」
「…――っっっ!?」
ゴホッゴホッ
ファレイは呆れ顔になる。
「お前、本当にわかりやすい奴だな」
「…ゴホッ…るせぇっ…ゴホッ…」
「おぉっ!!ティファに選んでもらったのか!?さっすがだなー…」
シルドはニヤニヤしている。グルーは無言で殴った。
「…ってー!!!!!」
「…本当にそうなんですか?グルーさんっ」
カレイドが言う。
「…ああ」
あきらめたように言った。
「…そうですか」
それ以上は追求してこなかった。
「でも、これで寒い冬を過ごさなくてすみそうじゃないか?」
ファレイが微笑んで言う。
「まぁな…」
グルーは素直(?)に同意した。


 そして、3人は部屋を出た。
 ファレイは隣部屋の為、すぐに立ち止まる。
 そして、2人と別れ際に一言。

「…シルド」
「んー?何だ?」
「…いや、何でもない」
「?何だ、一体」
そしてファレイは部屋に戻ったのであった。



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