「…」
外を眺めてみる。
…妙に嫌な予感がする。
何かが始まりそうな、そんな予感が。
…まぁ、何も起こらないのであれば…そうであってほしい。
…ぼんやりと、そんなことを考えていると…
「…グルー君!」
聞き覚えのある声。
…ここは室内である。
「…クレイアか?」
こんな所で声をかけられる人物といったら彼女しかいない。
クレイアは姿を現した。
「慣れたのね」
「あぁ…お陰様でな」
グルーは言う。しかし、顔は笑っていない。
クレイアはいつにもまして神妙な顔つきをしていた。
「…こんなことを言っている場合では無いわ…大変よ」
グルーは少し眉を寄せると次に続く言葉を待つ。
「メリッサさんが襲われたわ…」
「何…!?」
「幸い彼女は無事よ…今は自宅でリリーメさんとティファさんに看病されているわ」
ひとまず胸をなでおろす。
が、クレイアの話がこれだけでは無いことは察しがついた。
「…でも、彼女から感じられたのは…明らかに彼…コールド、と名乗っている彼の気配だったわ」
思ったとおりの言葉に、グルーは立ち上がる。
「…メリッサは大丈夫なのか?」
「2人もいるし…体には傷1つ付いていないのよ。ただ…」
「…」
「みぞおちに小さいけど確かなあざが出来てたわ…そこから彼の気配がしたの…命に別状は無さそうだけれども、まだ目を覚ましていないわ。油断は出来ないわね…」
それを聞くと、グルーは部屋を出た。
コールド…本当に神出鬼没な奴である。
…それにしても、何故メリッサに被害が及ぶのだろうか。
彼女は奴とよく顔を合わせる場所の管理者である。しかし、それしか接点が無い。
だとしたら…
(…ひょっとして…何か見たのか?)
そう考えれば、全てのつじつまは合う。
もし彼女が、彼に関係する何かを見ていたとしたら――?
「…着いたか」
深く色々と考えているうちに、メリッサとリリーメの住む家に到着した。
家と言っても、小屋のようなものだが――
「…」
扉を軽くノックする。
「はーい…誰?」
リリーメの声がする。
「…俺だ、グルーだ」
「「ぇ…グルーさんっ!?」」
ティファの声も重なって聞こえてきた。
「ちょっ…ちょっと待ってね!!今開けるから〜」
その声の数秒後に、扉が開く。
「…グルーさん?どうしたの?」
物凄く不思議そうである。それもそうだろう…このことを知る人物は少ないのだから。
「メリッサが襲われたことを聞いてな…気になる事があったから来たんだ」
「そうなんだ…姉貴、ずっと眠ってるの。あ、入って?お茶ぐらいは入れるから」
にこりと笑ってみせる。が、どこかいつもの元気が無いように思えた。
「あ…グルーさん。こんにちは」
ティファが微笑んで迎える。リリーメはキッチンの方で紅茶を淹れていた。
「はい、どーぞ。ティファちゃん…グルーさんも」
「ありがとうございます」
「…サンキュ」
受け取って口に含む。
メリッサはベッドに横たわっていて、額にタオルが乗せられていた。
苦しんでいる様子も無く、ぐっすりと眠っている。
「…あ…私、片付けてきますね。洗い物もやっちゃいます」
「え…そんなの良いよ、私が後でやるから…」
「大丈夫です。リリーメさんは、メリッサさんの傍にいてください」
ティファはそう言って微笑むと、傍に置いてあった器具のいくつかを取って部屋を出る。
リリーメはずっと姉の姿を眺めていた。
「…ねぇ、グルーさん」
「何だ…?」
「グルーさんは…兄弟とかっている?」
突然の質問だった。
「…いや、いない」
「そっか…」
そこで、グルーは今までずっと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「…リリーメ」
「ん?何?」
「…答えたくないんなら良いけどな…この家は何で、メリッサ1人で働いてんだ…?お前とメリッサ、同い年だって言ってたよな…?」
リリーメは一瞬驚いた顔をする。
しかし、すぐに視線を戻し
「…そうだよ、姉貴は姉貴でも…同い年の姉貴だもん。でもね…姉貴は、1人で働いてるんだ。まるで…姉貴って言うよりお母さんみたいに」
「…」
「普通はどっちか1人が働くんじゃなくって、両方が協力して働かなくちゃいけない…そんなこと、わかってるんだ」
グルーは黙って聞く。
「でもね…私は、捨て切れなかった…自分の夢」
しばしの沈黙。
するとリリーメは顔を上げて言った。
「…前にね、言った事があるの…私も一緒に働くって。私1人ゆうゆう学校通ってるわけにはいかない…って。でも、姉貴はそれを認めなかった」
「…?」
「『そんなこと、絶対に許さない。通っているからには、卒業するまで通いなさい』…って」
「…」
するとリリーメは苦笑いして…こう、言った。
「…本当はね、知ってるんだ…姉貴が…メリッサが、学校行きたがっていること」
「なっ…」
「普段はね、そんなこと口にも態度にも出さないし、根拠ってのは無いんだけどね…この街って13歳まで義務教育だから、それまではメリッサも学校行ってたんだけど…ね。昔から勉強好きだし、今は図書館よく行ってるでしょ?…本当は学校、行きたいんだよ…メリッサは」
そこまで言うと、リリーメははっとして
「あっ、ごめんね!いっぱい余計なこと話しちゃって…」
「…俺が聞いたことだ、別に構わない」
「ありがと…でも…メリッサが学校行きたがってること、わかってても…私は…」
一息吐く。
「私は、何も出来ないんだよね…」
グルーは殆ど黙っていたが、そこで口を開いた。
「…別に、お前が学校行ってる事…メリッサは悪く思ってねぇだろ…きっと」
「…え?」
「それに…お前、家に金入れてんだろ?」
リリーメは驚いた顔をする。
「なっ…何で知ってんの??」
「給料日になると、決まっていつも銀行でお前を見るからな…引き出してるだけかと思いきや、金入れてるところをこの前見たんだ」
グルーはあっさりと言う。
「うわー…姉貴にはバレても仕方ないと思ってたけど、グルーさんにバレてると思わなかったなぁ…ま、姉貴にも…まだバレてないみたいだけどねー」
満足そうに微笑んでいる。
実はメリッサはリリーメの貯金に気付いている事を知っていたのだが…あえて言わないでおいた。
『最近ね…決まった額が毎月通帳に振り込まれているのよ』
そう、微笑交じりでティファと話している光景を見たことがある。
その表情は、全てわかりきっている…紛れも無い『姉』の表情で。
「…ん…」
「!?」
「姉貴!?」
メリッサは薄目を開けてぼんやり呟いた。
「ぇ…リリーメと、グルー君まで…」
呆然としている。恐らく何が何だかわかっていないようだ。
「…良かったぁぁぁ…っ」
リリーメは少し起き上がっていたメリッサを抱き締めた。
「リリーメ…?」
「姉貴の馬鹿っ、すっごい心配したんだからねー!!どうしようかと思ったんだからぁ…」
わんわんと泣き始める。するとメリッサはぽんぽんとリリーメの背中を叩いて
「…心配かけて、ごめんなさいね…ほら、もう泣かないの」
グルーはその場を立って、ティファの方へ向かった。
「…メリッサが目を覚ましたぞ」
「本当ですか…!?」
ティファはとことことメリッサの方へ早歩きで行く。
「…あら、ティファさんも来てたのね」
「メリッサさん!良かった、顔色も大分良いですね…あれ?」
ティファは視線を落とす。
「ああ…眠っちゃったのよ…」
リリーメの髪を撫でながら言う。リリーメはぐっすりと眠っていた。
「無理無いですよ…夜通しでメリッサさんの看病をしてましたので」
微笑する。メリッサもそれに合わせて微笑した。
「グルー君、リリーメを…部屋のベッドまで連れて行ってあげてくれないかしら?」
「あぁ…わかった…そこの奥か?」
「えぇ、お願い」
グルーはリリーメを軽く持ち上げ、奥の部屋へ運んでいった。
『メリッサが学校行きたがってること、わかってても…私は…』
この少女は、何と不器用に生きているのだろう?
ふと、グルーはそんな気持ちになった。
…確か昔、似たような奴がいったっけか…本当に生きることに不器用で…
「…っと…メリッサに聞かなきゃいけねーんだった…」
部屋へ戻る。
少々酷なことだとは思うが、ここで聞かなければ来た意味が無い。
「…メリッサ」
メリッサはティファと話をしていた。
「…あら、グルー君。ありがとう」
「別に…と、お前に聞きたいことがあるんだが」
「…何かしら?」
多少眉をひそめる。が、グルーはお構い無しに話し続けた。
「…お前が襲われた時の事、だ」
「…貴方に関係あるの?」
「わからない。…が、俺を追っている奴に関係があるかもしれない」
本来なら「かもしれない」ではなく「ある」のだが、それはあえて言わないでおいた。
「…わかったわ…昨日、夜。仕事を終えて家に戻ろうとした時よ」
話を要約するとこうだ。
メリッサは、夕方過ぎ…もう辺りは真っ暗になっている時に帰路を歩んでいた。
その時。
何故か自分の土地から、耳慣れない声が聞こえてきたという。
聞き耳を立てるのも気が引けたが、やはり不法侵入者を放置しておく気にはなれず。
こっそりと茂みから覗くと、若い男が2人ほど立っていた。
そして、確かに感じた『血の臭い』
「…血の臭いがしたわ…確かに」
「血…?」
「えぇ…此処に来る途中、臭いがしなかった?」
「いや…ティファは?」
「私も…しませんでした」
話し声が聞こえづらいと思ったメリッサは少し動いた際草の音が立ってしまう。
そこで男の片方が銃を向けて撃ってきたのだ。
…そこまでしか、覚えて無いらしい。
「…撃たれたから、正直…自分が生きているとは思わなかったけど」
「魔法銃の一種だろうな…クレイアがあざが出来てると言ってたから、多分間違い無いだろう」
メリッサは驚いた顔をする。
「…あの魔女が!?来ていたの、ここに!?」
「ええ、そもそもリリーメさんとクレイアさんがメリッサさんを見つけて此処へ運んできたのですから。私は今日来たばかりです」
ティファが言う。
「…そう…」
「話してる内容は聞こえなかったんだな…?」
「ええ…そうね、確か…片方は普通の人だけれども、もう片方は…どこか普通じゃない気配がしたわ」
「普通じゃない…?」
「ええ。…何処が…と言われると答えられないけれど、気配がやはり人間とは違う何者かだったと思うわ…姿形は人間そのものだったけれども…あと、何か…『また来たのか』…とか聞こえた気がするわ」
「…そうか…」
…人間ではない、気配…
それは恐らく…きっと
「…邪魔して悪かったな…俺は帰る」
「あ…それじゃあ、私も帰ります…叔母さんに皆を任せて来ちゃったので…」
「そう…ありがとう、2人とも」
グルーについていく形で、ティファもメリッサの家から出た。
「…メリッサさん、大丈夫ですよね…リリーメさんもいるし」
「あぁ…ティファ」
「はい?」
気になったことを口にする。
「…ティファは何で、メリッサの家にいたんだ?」
「…え…?」
すると彼女はすぐに微笑んでこう言った。
「…私は、朝…仕事に行く途中に此処を通るんですよ。そうしたら…メリッサさんの姿が見えなかったから、ちょっと寄ってみたんです」
「…そうか…」
恐らく…ティファは嘘をついている。
聞いたときに、ティファの瞳が一瞬だけ揺れたのを――グルーは見逃さなかった。
…しかし、あえて、言うのは止めておいた。
「…じゃあ、私はこっちですので…」
「…あぁ」
「それじゃあ、失礼します」
丁寧にお辞儀をすると、ティファはぱたぱたと去っていった。
(…ちょっと、危ないかもしれない…)
そう、彼女が心の中で呟いていた事は――グルーは知るよしも無かった。
グルーは帰るなり、部屋に寝転がる。
メリッサの話よりも…ティファの言葉のわずかな矛盾が、彼には引っかかっていた。
『無理無いですよ…夜通しでメリッサさんの看病をしてましたので』
ティファの言葉が…頭の中でこだまする。
『…私は、朝…仕事に行く途中に此処を通るんですよ。そうしたら…メリッサさんの姿が見えなかったから、ちょっと寄ってみたんです』
だったら…何故、ティファはリリーメが夜通しで看病をしていたことを知っていたのだろうか?
正直、彼にとっては何の問題も無いことだった。
しかし、何故か彼の中には…好奇心にも似た感情が疼き始めていた。
知る必要の無いこと。
しかし、それを知りたいと願う…欲望。
今まで完全に無縁だったものが、彼の中で渦巻いていく――
…自分の中に渦巻いている妙な感情の存在を、そろそろグルーは自覚しつつあった――
それは…しばらく、忘れていて…心の奥底に、しまいこんでしまった…感情。
『…グルー君』
そこで…何者かが語りかけてきた。
誰だかはわかっている…しかし、普段と違うのはその姿が見えていないことだった。
「…クレイアか…何か用か」
『…また、彼の気配が…メリッサさんの農場からするのよ。またメリッサさんが襲われたらたまらないから、私が巡回に回っているわ…ただ…』
「…何だ?」
『ただ…今日はそれだけじゃない、更に強い何者かの気配を感じるのよ…同時に』
「…何、だと?」
『私には…見えないほど、強い気配だわ…あなたが来る、来ないは勝手だけれども…あなたに見えるかどうかの保障は無いわね』
時は、既に動き始めていた――
→NEXT
→銀の風見鶏TOPへ