「…本題に入るわ。あなたは前に、マリーさんの手紙を見せてくれたわよね?」
「ああ…」
「あの手紙は、「あなたの先祖が風見鶏を受け取った時」そして「その後」のことが書かれていたわよね?」
「そう…だな」
「あの手紙の前…すなわち、あの風見鶏はどうして存在したのか…それを記した書物が発見されたのよ」
「何だと…!?」

 クレイアは淡々と話し続ける。
 手を一振りすると、その手には古い書物が握られていた。
 ぱらぱらとページをめくり、視線を落とす。

「…あの風見鶏は、そもそも…ある一族が、"神"の力を借りて作り出したものだと書いてあるわ」
「神の力だと…!?」
「ええ。あなたも知っているとおり、この国では全ての宗教を認めているわ。ただし、一つだけ認めては居ない宗教があったのよ」
「…」
「実際に存在し力が大き過ぎた故に、王宮の政治家達が裏で排除を続けている宗教が…風見鶏は、その神を信仰した一族によって作り出された、と記述されているわ。目的は…」
「…宗教の拡大の為、か?」
「ええ。どうやら神の力を本気で王に認めさせたかったようね」
グルーは口元に手を当てて考える仕草をする。彼の中に矛盾点が生じた。
「…だとしたら、何故神本人は何もして来ない?それだけ強大な力を持つ神だったら、王に存在を知らしめて宗教を国民に浸透させ、認知させて国教にさせるぐらい簡単に出来るだろ」
「…その神は、平和を司っていたのよ。……その神こそ、セルビアの母――リリスだった」
「何…!?」
「リリスは民衆を平和へと導く神だった――いえ、神ではなく、教祖。平和を呼びかけていた、教祖ということになるわね。彼女は強大な力を持った魔術師でもあった…その力の大きさから、信仰者には神として称えられていたそうよ。けれど、ある日…信仰者である魔術師に言われたの。「神とて、お命は永遠ではない――ここは一つ、お力を一つの器に封じ込めておいてはどうか」…と、ね」
と、グルーは相手の話を遮った。
「…ちょっと待て…だとしたら、お前は…!?」

 セルビアはクレイアの姉だと、前に聞いた。
 そのセルビアの母は、神だと。

 だとしたら、クレイアは――

「…残念ながら、私はリリスの血を引いてはいないわ」
軽く苦笑しながら、そう言う。クレイアのこんな笑みは見たことが無いかもしれない。
「世間では腹違いの姉妹、って言うあれよ。私は“神”の血は引いていないわ」
「…そうか」
「だから――私の魔法は完全ではない。姉と同じリリスの血を引いていれば――私の魔法は完全な筈だもの」
確かに、クレイアの魔法は妙に手作業が付いて回る。
 人が出入りできる入り口も魔方陣を利用しているし、現に書物を探し出すのも魔法を利用しているがどうもあまり合理的ではない。
 書物を発見するのにも、一年近くかかっているあたり、やはり完全ではないと言えるだろう。

「そういうこと、か…」
「ええ。…話の続きに入るわよ。リリスは信仰者の言葉の通り――風見鶏を作り出した。そして、それをその家系の主人に託した」
クレイアの表情は元に戻っていた。
「…」
「そこで…事件が起こったのよ」
「…何だ?」
「風見鶏が――持ち去られたの。主人の手によって…その力を知ってしまったがために、己の“神”を信じる心を見失い――世界を我が物にしようとしたのね。ただし…リリスはもう、魔力を封じ込めてしまった故にただ見守る神になるしかなかった」
「だから、セルビアが…」
「ええ。そこから先は知っての通りよ。…そうそう、リリスは風見鶏を作ったときに…解除の魔法をかければ魔法は解き放たれて消えるように作ったと書いてあるわ」
「それだ…その、解除の魔法さえわかれば…」
「残念ながら、此処までよ…これ以上は、書いてないわ。大体、解除の魔法と記述されてはいるものの…それが魔法という手段かどうかすら、わからないの」
グルーは溜息を吐いた。
「そんな顔するなっていっても無理な話だとは思うけれども。…とにかく、これで風見鶏の全貌はわかったわけよね」
「…ああ」

 クレイアは、一層真剣な表情で…続けた。

「後は…彼。コールドの正体…なのだけれども」
「ああ…」

「恐らく彼は――その、風見鶏を持ち去った信仰者の血を引くもの。きっと、悪魔に魂を売ったのでしょうね。あんな技が使えるということは…」

 …グルーは、ごろりと寝転がって天井を仰いだ。
 全てがわかったわけではないが、風見鶏の正体はわかった。が――

「…これで、どうすれば良いんだ俺は…」
「そうね…風見鶏の使用法がわからない以上、何もやりようが無いわね」
「またコールドが襲ってくるのを待ってろって言うのか!?…畜生」
「ティファさんの周りには結界を張っておいたわ。結界を破り、彼女の身に何かあれば――すぐにわかるようにはなっているけれども…!?」
ふと、クレイアは眉を顰めた。
 視線は窓の外へと向けられていて、グルーもそれを追うように外を見る。

「なっ…」
さっきまで晴れていた空が、いつのまにか曇っていた。街は暗く、とても今が午前中には見えない状態になっている。
「おかしいわね…幾ら何でも、雲の回りが早すぎる」
「…空気も湿っぽくねぇしな…雨って訳でもねぇだろ、コレは」
「ティファさんの結界には異常無いから彼女はまだ大丈夫だとは思うけれども…心配だわ…行くわよ、グルー君。ワープさせるから目を閉じて」
「ああ…ちょっと待て」
グルーは腰に結わいつける形の鞄を身につける。よし、と一度頷けばクレイアの方に向き直った。
「いい?」
「ああ」
 グルーが目を閉じると、クレイアは宙に印を切り呪文を詠唱した。
 刹那、自分の体が宙に浮くのを…グルーは感じていた。



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