我ながら、らしくないことをしたと思っている。
クレイアは自室に戻ってくると、小さく自嘲気味に笑った。
一晩“嵐”に巻き込まれた部屋は、自身のかけた魔法によってある程度の壊滅は免れたものの――
やはり部屋のものが床に散乱してしまう事は防げなかったようだ。
クレイアは一瞬目を閉じ、そっと呪文を詠唱する。
すると、一つ二つと床に散乱したものが元の場所へと戻っていった。
じきに、元の落ち着いた部屋へと戻る。
「…ふぅ」
クレイアは一度息を吐くと、来客用のソファに軽く腰掛けた。
今日ほど、自分が何を思って行動を起こしたのかわからない日は無かった。
部屋が嵐に見舞われ、彼――シルドの部屋へと足を運んだのは夕べの出来事。
体力魔力共に極限状態まで削られていたとはいえ、何も考えずに彼の部屋へと足を運んだわけではない。
何も考えずに彼の部屋で眠ってしまったわけではなかった。
「…馬鹿みたいね、本当に」
ソファの手すりにそっと凭れ、ふわりと長い黒髪が頬を撫ぜる。
彼は夕べ、自分の頭をひたすら撫でていたっけ。
最初から起きていたわけではない。撫でられている途中で目を覚ますと、彼はとても驚いていた。
まるで悪い事でもしたかのように手を離して。
触れられることは苦手だと思っていた。
否、苦手だった。
が、それは決して嫌いではなかったのだと。
彼に教えられてしまった。
夕べは彼にちゃんと眠ってもらうつもりであったはずなのに。
自分がその邪魔をしてしまったことは歴然であるのだけれども。
否、それでも朝――部屋の隅で転がって眠っている姿を見たときは、少しだけ安心した。
そっと、首筋に手を伸ばす。
夕べ、彼の唇の触れた場所だった。
多少なりとも覚悟はしていた。
けれど、彼はあまりにも優しくて。
その唇も、言葉も、あまりにも優しくて。
逆に自分に、妙な罪悪感が芽生えた。
クレイアはそのまま俯くと、溜め息を吐く。
好きだとか嫌いだとか。
自分はそもそもその分類で、他人を分けることなど出来ない。
自分にとって人間はどれも興味対象で、相手の人間性が如何であろうと興味深い事に変わりは無いからだ。
たとえばグルー・ブレイアンドという人間が居る。
彼は自分のことを嫌って――まではいないようだけれども、苦手視されている。
しかしクレイア自身は彼を嫌いだと思ったことは無く。
彼は彼女にとって、あくまで最初から興味対象でしかないのだ。
しかし、「人間」への価値観がそれに集約されている彼女にとってのイレギュラーが存在していた。
「彼」の存在であった。
彼も、最初はただの興味対象でしかなかった。
いつからだっただろうか。
彼の全ての行動が妙に鼻につき、何かにつけストレスを感じざるを得なくなってしまったのは。
自分は街が苦手であるのに、何故無理やり街へと連れ出そうとするのか。
何故全ての「女性」に対して同じ言葉が吐けるのか。
何故自分に対する言葉も「他の女性」に対する其れと変わらないのか。
「――…何故、触れてくれなかったのかしら」
そして、何故、直接自身に触れてくれないのか――
彼はいつも、常に一線を置いていた。
彼自身が判断しているのだろうか、此処から先に踏み入ってはいけないと。
それか此処から先は自分は入るつもりは無いと、そう思っての行動なのだろうか。
だったら最初から近付かないで欲しい。
もっとも、最初に彼を拾ったのは――他の誰でもない、自分なのだけれども。
いつからこんなことを考えるようになってしまったのだろうか。
他の誰かであれば、こんなことは考えないはずなのに。
「嗚呼、もう――」
クレイアは小声で呟くと立ち上がり、茶を入れる支度をした。
これを飲んだら、少し作業に没頭しよう。
と、不意に部屋のドアと兼ねた魔法陣が光った。
「…あら」
現れたのは、金髪に紅い帽子、茶色いワンピース、オレンジのエプロン――
「こんにちは、クレイアさん」
ティファニー・スロウリーの姿であった。
「…ティファさん、…如何したのかしら?」
「ええと、一つ風邪薬を頂きたくて…出来れば予防薬もいただけると嬉しいんですけど」
クレイアは嗚呼、と呟くと商品用の薬棚の中から一つの小瓶を取り出すと、粉状のそれを薬包紙へと包む。
幾つかの小瓶を分けて包むと、一つの包みにした。
「風、と書かれたものは風邪薬、予、と書かれたものは予防薬――よ。ティファさんの家の子供達の分、一応少し多めに入れておいたけれど」
「わぁ、有難う御座います。ちょっと風邪気味の子が一人いて…」
ティファは苦笑すると包みを受け取り、薬の御代を手渡す。クレイアは計算すると、丁寧に領収書を書いた。
「…どうぞ、…ティファさん、少し時間あるかしら」
「どうも、…え、ありますけど…」
「これからお茶にするのだけれども、あなたも如何?」
クレイアは茶の準備を再開しながら呼びかける。
ティファはわぁ、と無邪気な笑顔を浮かべて
「じゃあお言葉似甘えて」
「ええ、そこに掛けていて頂戴」
クレイアは二人分の茶を用意すると、ティファの前と自分の前に軽くカップを置いた。
「…いただきます」
「どうぞ」
軽く茶を啜る。ラベンダーの香りが広がった。
「良い香りですね、…美味しい」
「そうね、ラベンダー茶といって気持ちを穏やかにする作用があるの」
「そうなんですかぁ…流石クレイアさんですね、私お茶は好きだけど詳しくないから…色々知ってて尊敬します」
ティファは無邪気な笑顔を浮かべる。クレイアはもう一口紅茶を啜ると呟いた。
「一応、薬剤師だもの…大した知識ではないわ、…ティファさん」
「何でしょう?」
「…とても答えにくいことを、聞いても良いかしら?」
クレイアは視線を落とし、徐に問いかける。
ティファは小首を傾げた。
「?…どうぞ、いいですよ」
ティファの笑顔は何処か相手を安心させる力があるように見える。
クレイアは意を決して呟いた。
「…あなたは、…人間の男を好きになるということに、抵抗は無いのかしら?」
ティファは一瞬驚いたように目を丸くしてクレイアを見た。
当然の事であろう、ティファは今までこんなことを誰かに聞かれたことも無いだろうから。
クレイア自身も、己の口元にそっと手をやる。思えば彼に対する用件で『好き』という単語を使ったのは初めてではないか。
「いいえ、…人間の…というのは語弊があるわね、…自分と違う種族を、と言ったほうが正しいかしら」
ティファはこと、とカップを置く。
「無いです、と言ったら…嘘になりますね」
へへ、とティファは苦笑すると呟く。
「…でも、現にあなたはグルー君を好き、と自覚しているでしょう?」
「それは、…そうです」
「ずっと、…彼と共に在りたいと…そう思えるでしょう?」
ティファは思わずふふと笑う。
「…思わないわけ、無いです」
「………」
ティファは再び茶を啜ると、クレイアを見て真剣な眼差しで呟いた。
「クレイアさん、…人の想いや関係って、永遠じゃないんですよ」
「…」
「今喩え私がどんなにグルーさんが好きで、一緒にいたいと思っていても――明日は違うかもしれないんです」
「…それは…」
「それは、…それは、種族が違っていても関係無いと思うんですよね。気持ちが変わるかもしれない、暮らしがそれを許さないかもしれない」
ティファは苦笑しながら、軽く頬を掻く。
「明日の事を、今考えても仕方ないんですよ」
「…」
「どうせ、…どうせ、死ぬまで一緒に居る事が出来るのは――先に死ぬ方だけ、なんです。それは…異種族だろうと変わらないこと」
「…そうね」
「だったら…種族違いで抵抗を覚えるのなんて、勿体無いと思うんです」
そこまで言うと、ティファはふふっと笑う。
「…なぁんて、…グルーさんがそこまで思ってくれてるか…私はわからないんですけど」
そう語るティファの姿は――とても、輝いて見えた。
「それにしても、…クレイアさんとこういう話をするなんて思いませんでした」
「…そう?」
「ええ、何だかとても新鮮です」
ティファは嬉しそうに笑うと、軽く小首をかしげた。
「…クレイアさんは」
「何かしら?」
「好きな人がいるんですね」
ティファは笑んだまま、あえて確定で言葉を発した。
否定の言葉が、一瞬で出なかった。
「…何故、そう?」
「だってクレイアさん、抵抗を感じずにその人を好きでいられる方法を探しているんじゃないんですか?」
ティファに言われると、クレイアははっとする。
元々、好きでもなんでもない相手なら、ここまで思い悩む事は無い。
多少なりとも相手のことが気になっているから、少しでも取っ掛かりをなくしたいから。
だから、自分は彼女に――この質問を投げかけたのではないか。
「…わからない…けど、…そうかもしれない、わ」
「へぇ、どんな人なんですか?」
「どんな…そうね…」
クレイアはティファに聞かれると、「彼」の姿を思い描く。
思わず僅かに顔が熱くなった気がしたけれども、気にしない事にした。
ティファの知っている人だと言ってしまえばよかったのかもしれないけれども、その選択肢は思い浮かばなかった。
「…とても明るくて、軽口を叩く人で、異種族の自分に一切の抵抗を抱かない…」
ティファは真剣な眼差しで聞く。
「そして、…何より、とても優しい…いえ、…優しすぎる人、よ」
ティファは楽しそうにその話を聞いていると、へえ、と笑って
「素敵な人なんでしょうね」
「…素敵…、ええ」
一応頷いておいたが、ティファが語る「素敵」という言葉があまりにも「彼」には似合わず――クスリと笑みが零れた。
「じゃあ、私はそろそろ失礼します。…紅茶、ご馳走様でした」
「いいえ、…引き止めてしまって申し訳なかったわね」
「いえいえ、…クレイアさん」
ティファは立ち上がり、魔法陣の前まで数歩歩くとクレイアに向き直る。
「誰かを好きになることを、恐れないでください。…私も、以前はとても怖かった…けど、今はとても気持ちが穏やかなんです」
「…」
「私、クレイアさんのこと応援してます、…それじゃあ、失礼します」
ティファは屈託の無い笑顔を向けると、そのまま魔法陣に乗って去っていった。
誰かを好きになることを恐れないで。
その言葉は、クレイアの胸に確かに響いていた。
思えば、自分がこうやって誰かに対する感情を抱いたのは――
「…初めて、だわ」
クレイアは軽く口元へ手をやると俯く。
ティファは穏やかな娘だ。
グルーが好きになるのも無理は無い。
彼は如何なのだろう。
自分のことを、少しは――見てくれているのだろうか。
嗚呼、それでも、矢張り――
「…恐れないなんて…」
やはり、…怖いものは怖いのだ。
* *
クレイアは朝になると同時にいなくなっていた。
ただ、寝袋で転がっている己に――丁寧に、それまで自分の使っていたであろう毛布を被せて。
時間があったため外に出て軽く体操をしていると、大家と顔をあわせた。
自分宛の手紙を受け取り、自室へと戻る。
それは、先日も届いた実家からの手紙。
が、今回はいつもとは風貌が違っていた。
ぴんと張られた封筒、便箋ではなく何処か懐かしい茶色い封筒。
便箋は丁寧に折りたたまれ、文面は懐かしい字で綴られていた。
それは、母からの手紙であった。
シルドは朝食を食べ終え街に出ると、ある場所へと向かう。
用を済まし、その場所を出ると――まだ日は大分高かった。
そのまま次の目的地に行くのは何となく憚られて、足はひとまず公園に向く。
高台に位置している公園は、少し暑いけれども日陰では充分風が通って涼しかった。
芝生に腰掛け、人の行き交う姿をぼんやりと見下ろす。
同時に、朝方届いた手紙をそっと開いた。
「あ、シルドさんっ、こんにちはぁ」
すると、明るい声が後ろから掛かる。と同時に、傍に一つの影がしゃがみ込んだのを感じた。
「わあっ!?…ティファか。仕事か?こんなところで」
シルドは手紙を慌てて懐へとしまうと、いつものように笑顔を浮かべる。
「ええ、そんなところです…あれ、どうされたんですか?」
「え、いや、何でも…」
「手紙、ですか?」
ティファは屈託の無い笑顔で続ける。ぎくり、シルドの心臓が跳ね上がった。
「…それ」
ティファが指差すのは己の手元。
どうやらズボンの後ろポケットに突っ込んだつもりで居て――突っ込めてなかったらしい。
「…あ、…ああ、そうなんだ」
「へえ、いいですね…手紙。私手紙好きなんですよ」
誰から、というのをあえて聞かないのがティファのティファらしい所以であろう。
シルドは軽く笑うと、おう、と呟く。
「…お袋からなんだ」
「お母さんから?…いいですね、お母さんから手紙」
ティファは無邪気な笑みを浮かべる。
シルドはああ、と一言頷いてから今度こそちゃんとポケットへとしまった。
「素敵なお母さんなんですね、…手紙を送ってくれるなんて」
「ああ、…そう、だな」
シルドは頷いて返すと、ティファは再び笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、私はこれで」
「ああ、仕事頑張れよ」
ティファは大きく揺れる花かごを持ち直すと、再び日向へと駆けていった。
シルドは一度息を吐いて、もう一度手紙を取り出す。
開くと、懐かしい字で母の言葉が綴られていた。
中身は、朝既に一度目を通している。
が、――いつもの手紙のように、破り捨てる気にはとてもならなかった。
手紙には何処か遠まわしに、父親の具合があまりよくないから、出来るだけ早く帰ってきて欲しいと。
それが、綴られていた。
シルドはそのまま芝生に横たわると、葉の間からキラキラと光る空を見上げた。
思えば数年前、実家の方針に反発した末に家を飛び出したのが切欠であった。
数々の地を転々とし、適当なバイトにつき、実家に居場所がバレたと知れれば飛び出す放浪生活。
ようやっと、実家では無く自分の帰る場所を見つけたと思った場所――それが、このブルースカイであった。
この街には、大切なものが沢山ある。
しかし、それで全てを片付けてしまって良いものだろうか。
やがて、意識が遠くなる。
自分の住んでいたのはここよりも西方の町を幾つも越え、更に奥深く入った山奥であった。
山の中にひっそりと佇む片田舎で、それは小さな田舎町であった。
その更に山奥に聳え立つ豪邸。
それが、シルドの実家・サリアック邸であった。
『もう…もう、いい加減ウンザリなんだよ!』
『お前ももう子供じゃないだろう』
『一生組織の犬でいろって言うのか!?一生人を殺してろって言うのか!?冗談じゃねぇ!』
『待ちなさい、シルド!』
『母ちゃん、…姉ちゃん…悪ィ。俺は…もう、この家を捨てる』
何の装備も無く、殆ど家出同然に飛び出してきた己の家。
それでも、案外流れる事は出来るものだった。
家に追われて生きる日々。思えば、あの頃は逃げる事しか考えていなかった。
一年程、放浪生活は順調に続いた。
しかし、前の町で補給しておいた水が底を尽いて数日間。
泥水を飲み雑草を噛んだ生活が幾日か続いた頃、シルドは倒れた。
それも、この町――ブルースカイの門をくぐったところで。
「…起きろ」
ばしん、と頬に感触を受けた。一瞬遅れてひりひりと痛みが走る。
ン…と、シルドは幾度か頭を揺らしゆっくりと顔を上げた。
「…あれ、グルー?」
「…何時だと思ってるんだ、今」
「ぁ?…えーと、……」
シルドは懐から懐中時計を取り出すと青くなる。
なんと、昼間ティファと会話をした後10時間も時が過ぎていたのであった。
当然、周囲は真っ暗である。
「そりゃあ周りも暗くなるわな」
「馬鹿が」
グルーは溜め息を吐くと隣に腰掛けた。
「…ところでグルー、何でお前ンなところに」
と、素朴な疑問を口走る。グルーは訝しげにシルドを見た。
「…ティファが教えてくれた。自分じゃ起こせないから…って」
「ぁ?マジ?俺ンなにしっかり眠ってたのか…?」
「さぁな」
思えば、夕べは充分に眠っていない。どうやら思った以上に、自身の睡眠不足は深刻なものであったようだ。
「…帰るぞ」
「なぁ、グルー」
「…ぁ?」
立ち上がり、腰をはたくグルーをシルドは見上げた。
「…一戦、交えてくれないか。俺と」
「…何、だと?」
グルーは表情こそそのままであるが、思わず聞き返す。
シルドの顔つきが、いつもと違っていた。
否、一度だけ見たことがある――初めて出会い、自分に闘いを挑んできた時のそれ、そのものであった。
「…面白そうなことをやっているじゃない」
「…クレイア」
ふわり、宙に腰掛けるように現れたのは――クレイアの姿だった。
深く被った帽子の中は、暗くてよく見えない。が、判断材料は声と行動で充分だった。
その姿は、いつもの姿に他ならず――シルドはただ、呆然とその姿を見遣るだけであった。
「相変わらず神出鬼没な奴だ」
「あら、さっきから居たのだけれど」
「…マジか?」
溜め息を吐くグルーにクレイアが返すと、シルドは思わず声を上げる。
流石に、彼女に姿を消されていては気付く事も出来ない。
「ジャッジなら…喜んでやらせていただくけど?」
* *
カレイドは考えていた。
事実を、シルドに告げるべきか告げないべきか。
当然、告げないのが指令であるのだからそれに従うのが道理であるが…
どうしても、釈然としないものがカレイドの中にあるのであった。
「…僕は、…どうしたら」
此処は放課後の教室。知らないうちにそう口走っていたようで、カレイドは口を塞ぐ。
あたりを見渡し、ほ、と息を吐いた。
ホープはいないようだ、と。
カレイドは、ホープの役割を知っていた。
彼女もまた、自分と同じ…
…否、自分とは違う監視対象を、監視している立場だという事を。
そして、その対象が自分であるという事を。
「…あ」
ふと、教室の前の扉が開く。カレイドは思わず身構えた。
が、そこにいたのはホープとは似つかぬ少女――
「…あれ、…ミリーさん…?」
上級生、ミリー・シルフォーネの姿であった。
「あ、…カレイド君、その…まだ、…残ってたんだ…」
「あ…はい、…ええと、…ちょっとまだやることが残ってて…」
「そう…」
言った後、ミリーは口ごもる。
「…ええと、ミリーさんは…下級生のクラスに何か…?」
「…え、あ、…えーっと……その」
ミリーは顔を真っ赤にし、もじもじとしている。
困った。この少女がこうなると長い。
表情にはおくびにも出さないけれども、カレイドはひっそりと胸中で溜め息を吐いた。
「…あの、これ」
ミリーは懐から掌に乗るサイズの袋を差し出した。カレイドは思わず受け取る。
「これ、…ええと、…クッキー…ですか?」
「うん、…今日、調理実習で作って…良かったら、皆で」
どんどん声が小さくなる。カレイドは袋と彼女を交互に見遣ると
「…ありがとう御座います、いただきますね」
柔らかく返して笑った。ミリーの動きが一瞬固まる。
「え、いえ、…ええと、…あ」
不意に、ミリーが何かに気付いたように視線を落とす。
「…何ですか?」
「これ、……使ってくれてるんだ」
ミリーは表情を崩して微笑む。
それは、今年のカレイドの誕生日――ミリーがプレゼントとして贈った時計であった。
「ええ、…とても便利です、その節は有難う御座いました」
「いえ、えっと…如何致しまして……使ってくれて嬉しい」
ミリーはそう言葉を紡ぐと、じゃあ、と言葉を切り出した。
「私、行くね。…じゃあ…」
「あの、…ミリーさん」
「…え?」
呼び止めてしまってからはたと気付く。
が、喉まで出た言葉は、飲み込まずに出してしまう事にした。
「…先輩として、…ミリーさんに…相談に――…ッ」
不意に、脳天に衝撃が走った。思わずカレイドはその場に蹲る。
「カレイド君っ!?…大丈夫…!?待ってて、今先生呼んで…」
「いえ、…大丈夫、です……」
カレイドは米神を片手で押さえながらよろよろと立ち上がった。
「…すみませんでした、ミリーさん…なんでもないんです、本当に。…寮まで送っていきますね」
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