「…こんにちは、クレイア…あれ、セルビアは?」
「あら…ええと、…今は奥に籠もっているみたい。少ししたら出てくると思うから、暫く待っていていただけるかしら」
いつものように、セルビアを訪ねるとそこにはクレイアの姿のみがあった。
クレイアはディーンをソファに促すと、紅茶を淹れる。
「…どうぞ」
「どうも」
そっと紅茶を啜ると、クレイアも自分の紅茶を啜る。
「…クレイア、その、クレイアとセルビアは、ずっとここに二人きりなのかい?」
ディーンはふと思っていたことを口にする。クレイアは特に抵抗のある様子も無く頷いた。
「そうよ、…もう何年も、ここは私と姉さんと二人だけ」
「そうか…仲良さそうだしな、羨ましいよ」
と、呟くとクレイアはそうね、と否定もせずに頷く。
「もう聞いたかしら?私と姉さん…セルビアは、本当の姉妹じゃないのよ」
「…え、…」
「まだ聞いてなかったようね。…母親が違うの。父親は同じ人の血を継いでいるのだけれど」
ディーンはその場で固まる。
思えばセルビアとクレイアは同じように魔法使いであれど雰囲気が全く違う。
外見は確かに少しだけ似ているも、髪の色などは全く違うし、どこか姉妹とはいえ異彩を放っていた。
「…ディーンさん」
「ん?」
「人間になりたいんですってね」
「ああ…セルビアに聞いた?」
転換された話題に答えると、クレイアはええ、と頷きそっとカップを置く。
「…あなたのことを、以前から知ってると言ったでしょう?」
「ああ」
「姉さんはね、あなたと知り合う前から――あなたの話ばかりしていたのよ」
ディーンはカップを持つ手を止める。
「…どういうこと?」
「この近くに綺麗なメデューサのお兄さんがいるって。近くで見たことは無いけど絶対綺麗な人だって」
クレイアはテーブルに置かれた菓子をそっと摘む。
「…」
「でも、…寂しそうな人だって」
それを、さく、と噛み砕く小さな音が響く。
飲み込むまでの、僅かな沈黙が流れた。
「ディーンさん」
「…何?」
「姉の事が好きなのなら、…もうあなたは此処へ来ない方がいいわ」
「え…」
クレイアはそっと紅茶を啜ると、真剣な眼差しでディーンを見つめる。
「姉は、禁忌を冒そうとしている――あなたのためにね」
ディーンは言葉の意味がわからず、ティーカップを置く。
その言葉の意味を、クレイアが淡々と語りだすと――ディーンは立ち上がり、その場を去った。
「――…あ」
「目が覚めたかしら?」
目の前が霞む。そこはいつもの自身の部屋ではなかった。
ファレイは前日の記憶を探る。
そこは、クレイアの家の来客用ベッドの上であった。
「…ん、悪いな…泊めてもらって」
「いいえ、調子は如何?」
クレイアは手近なテーブルに朝食の支度を済ませると、どうぞ、と呟く。
「クレイアは?」
「私はもう済ませたわ、時間はもう午後なのよ。…図書館の方には休職届けを出してあるから、ゆっくり休んでいてちょうだい」
ファレイはベッドの上で苦笑する。
「流石、…ありがとう」
「もっとも、私が書類を置きに行く前に…グルー君が一言、連絡しておいてくれたみたいだけど」
クレイアは呟くと、本棚の間へと歩く。
来客用のスペースは部屋として区切られているも扉は無く、洞窟のような廊下を数歩抜けるとすぐに客間――いつも来客が入ってこれるスペースへとたどり着く。
客間といえど、研究室のようなものも兼ねているのだけれども。ちなみに、本棚の並んだそこの広さは計り知れない。
ファレイはそっと頭を押さえるとはぁ、と溜め息を吐いた。まだ少し、鈍い痛みが残る。
「あと、薬はそこに盛ってあるから。食後に飲んで頂戴」
「…ああ、…ありがとう」
ファレイは朝食のトーストと炒め物を口に運ぶ。
「クレイア」
「何かしら」
クレイアは客間の方から顔を出す。静かな家であるから、声はよく通るのだ。
「…俺、あとどれくらい持つ?」
ファレイが口走ると、クレイアはそうね…と呟く。
「私の予想以上に侵食が早いわ…どの手を打つにしろ、今のままでいられるのは最大でも後三日――ね」
クレイアが呟くと、ファレイはそうか、と呟き朝食を再開した。
「ファレイ君」
「…何?」
「私は、…姉の遺志を継ぎたいと思っているわ。たとえそれが禁忌でも、姉はたった一人の家族だったし――それに…」
クレイアは呟くと、抱えていた本を抱えなおしファレイに背を向ける。
「…今は、その時の姉の気持ちが…よくわかるから」
そう言うと、クレイアは再び客間の方へと姿を消した。
ファレイはそのまま、ほぅと小さく息を吐いた。
朝食を食べきると、粉薬を飲む。鎮静剤と、睡眠導入剤の軽いものであるようだった。
ファレイは夢うつつに、昔の事を思い出していた。
ディーンがセルビアの元を訪れなくなって、既に一週間が経過していた。
そもそも二日に一度ほど通っていただけであるし、セルビアの元へと行かずとも生活する事は出来た。
いつものように動物を罠にかけて殺し、その肉を食べ、時には生気を食らう。
そうしていかないと生きていく事は出来ない。ただし、眼鏡のお陰でディーンは必要以上の殺生をする必要が無くなっていた。
何度か魔法陣の前へと足を運ぶも、そこから中に入る事はしなかった。
ディーンはいつものように、薪を運び、食事をし、一日を過ごしていた。
そんなある日のこと。
「きゃーっ!!!!!助けて助けて助けてーっ!!!!!」
妙に耳慣れた声がした。ディーンは思わず其方を向く。
しかし、彼女であれば罠を解除する事は出来るはず――と、そのまま放っておく事にした。
「だーれーかーあああああディーンっ、ディーン早く来てー!!!!!」
個人名を出されてしまった。ディーンは頭を抱えると、跳ねるように家を出、セルビアの元へと向かう。
「…個人名出す事は無いと思うんだけど」
「え…へへ、そうでもしないと、あなた出てこないと思って」
セルビアは座り込んだまま屈託の無い笑顔を向ける。ディーンは溜め息を吐くとしゃがみ込み、セルビアの足元の罠を解除する。
「…わざと掛かったんだろ」
「あら、よくわかったじゃない」
「普通に押しかけたら、俺が出てこないから」
「そうよ、…久し振り、ディーン」
罠を解除すると、セルビアはディーンに飛びつくように抱きつく。
「…セルビア」
「ずっと逢いたかったのよ、待ってるのに来ないんだもの」
セルビアはディーンの服をぎゅ、と掴む。
ディーンはその肩をそっと掴むと
「…駄目、離れて」
「嫌よ」
「駄目」
「何で?…私のこと、嫌いになった?」
セルビアはディーンを見上げる。ディーンは思わず目を逸らした。
「…来ちゃ駄目だ」
「え…」
「君は、…もう此処には来ちゃ駄目だ。俺は、それを望んでいない」
セルビアは嫌、と呟くと思い切りディーンに擦り寄る。
「嫌よ、…嫌、嫌、絶対嫌あ!!!!!私はディーンの傍にいるのっ、いたいのっ!!」
セルビアはしゃくり上げ始める。
「ディーンの笑顔が好きよ、…ディーンには笑っていてもらいたいの、ディーンに幸せになって欲しいの…だから、…だから私は…」
「だから…膨大なリスクを背負ってまで、禁忌を冒そうと思ったの?」
その声に、セルビアははっとしてディーンを見上げる。
「…セルビア、…俺はね、そんなこと望んでないんだ。俺は人間になりたい、けど…その思いのために、セルビアを巻き込んで、危険な目にあわせるなんて…考えたくないんだ、それは」
セルビアは零れ落ちる涙を拭い、ひっくとしゃくり上げると
「好き。…好きなの。好きなのよ、ディーンが……」
「じゃあ…わかってくれる?俺の言うこと…」
そう呟くと、セルビアは首を横に振る。ディーンは困った表情で
「…セルビア…」
「だって、…だって、ディーンが人間にならないと…私は、あなたとキスすることもできないのよ!見つめあうこともできないのよっ!」
ディーンは驚いた表情でセルビアを見つめる。セルビアは顔を真っ赤にして目からぽろぽろと涙を零していた。
「…ディーンが好き。好きなのよ…ねぇお願い、出来る限りのことをやらせて?私がそうしたいのよ!」
セルビアはディーンを見上げると、ディーンはそっとポケットへと手を入れる。
ハンカチを取り出すと、そっとその涙を拭った。
セルビアは一瞬びくりと目を閉じるも、その感触にそっと顔を上げる。
ディーンは苦笑すると、そっと呟いた。
「馬鹿だな、君は…それは本来、俺の言うべき台詞なのに」
「え…」
そっとセルビアのじわりと涙で湿った頬を撫でる。
「…セルビア、どんなに時間が掛かっても良い…俺を…人間にしてくれる?」
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