そこは、黒い雨が降り続けていた。
 雷が鳴り響き、強風の吹き荒れる中――“狩り”は行われた。

『――この子達を連れて逃げて!さあ!早くっ、逃げないとお前まで殺されてしまいますよ!』
『お母さんっ、お父さんはどうしたの!?これからどうするのっ』
『姉さんの家に行きます、下に馬車を待たせてあるからそれに乗って…大きな声を出すと見つかるから静かに…っああっ』
『お母さんっ!?お母さんっ、待ってて、今私が魔法で…!』
『…駄目です、間に合いません。早く行きなさい!』
『でも、お母さん――』
『早く!』
『嫌だっ、お母さ――』
次の瞬間、目の前が紅に包まれた。

 火柱が上がった。
 雨が降っているというのに、それはとてもよく燃えて、
 かつて“家”であったそこは、巨大な炎の塊と化していた。
 少女は小さな弟達の手を取ると、振り切るように走り出す。

『お姉ちゃんっ、お母さんはどうしたの!?』
『お父さんは!?…お姉ちゃん…?』
『お姉ちゃん、泣いてるの…?』
『やだ…やだよ、お姉ちゃんっ』

 泣き叫ぶ弟達を馬車に押し込み、自分も引き続き乗り込む。
 御者がそれを確認すると、鞭を鳴らし威勢良く馬は走り出した。

 少女は膝を抱え、ただひたすらに泣き続けていた。



銀の風見鶏 第十話 SALE



「…っはぁ…はぁ…」
目を覚ますと、そこにはいつもの木造の天井があった。
 早鐘のように打つ鼓動を抑えるように胸元に手を当てると、幾度か深呼吸をする。
 ティファニー・スロウリーはそっと上体を起こすと、自分の身体を呆然と見下ろした。
 白い肌、細い腕、視界に入ってくるのは己の金髪。
 あらためて部屋を見渡すも、そこはいつもの殺伐とした小さな部屋。
 ティファはそこで漸くほっと胸を撫で下ろすと、己が全身汗だくになっていることに気付く。パジャマ代わりの白いシャツが肌に貼り付き、先ほどの夢を思い出すと背筋がぞくりと寒くなった。

 過去の夢を見たのは何ヶ月ぶりだろうか。
 此処のところは落ち着いていたのに、とティファは重い溜め息を吐く。

 ティファはこの家で弟四人、知り合いの娘一人を含む五人の子供と自分を合わせた六人で暮らしている。
 この家は母方の姉に当たる伯母の持ち家であり、伯母本人もたまに面倒を見にやってくる。
 伯母家の援助を受けながらこの家に暮らして数年、花売りとしての収入も安定してきて漸く普通に近い生活が送れるほどになっていた。

 枕元に手を伸ばし懐中時計で時間を確認した。
 時間は丁度起床時間、ティファは両足をそっとベッドから地面に下ろす。

 そこで、バタバタバタと騒がしい足音が響いた。
 小さい子供の多い家であるから珍しいことではない。
 しかし、その足音は一つ。それも、部屋の扉の前で止まった。

「…ティファ、大変なの…!」
「マリーちゃん…?」
それは、知人の娘・マリー・ミラクルの声であった。
 ティファが扉を開けると、マリーは泣きそうな表情でティファを見上げる。

「リファが具合、悪そうなの…熱が高くて、すっごく苦しそう…」
「…!」
ティファは顔から血の気が引いていくのを感じながら、子供部屋へと駆け込んでいった。

 悪寒を感じた。それはどこか“あの時”に通じるもので、ティファはただ、最悪の事態を免れることを願うのみであった。

 そしてそれは、ただの始まりにすぎなかったのである。





銀の風見鶏 第十話 SALE





 ブルースカイの季節は秋を迎え、徐々に肌寒さの感じる季節となっていた。
 半袖の上に一枚多く羽織る姿が目立ち始め、一年の中では最も過ごしやすい季節となる。

「…ごめんなさい、弟が一人熱を出してしまって…今日は面倒を見なくちゃならないんです」
「そうか…」
ティファは扉の前で一度ぺこりと頭を下げる。
 グルー・ブレイアンドは頷くと、了承の意を示した。
 ティファは俯いたまま、じゃあ、と扉へと手をかける。

「…ティファ」
その後姿に、グルーは一言声を掛ける。
 ティファは振り向くと顔を上げ、精一杯笑って見せた。
「また良かったら誘ってくださいね」
「…大丈夫か、一人で」
「大丈夫ですよ、これでも面倒は見慣れてるんです。それに、グルーさんに移しちゃっても悪いですし」
ティファはそう言うと、それでは、ともう一度頭を下げ扉のから室内へと引っ込んだ。
 扉の後ろで、重いため息を吐く。

「…いけない、落ち込んでる場合じゃない」
ティファは自制するように呟くと、子供部屋へと戻っていく。
 今年五つになる弟――リファは、ティファの三番目の弟であった。
 上の弟二人と、下の弟一人、そしてマリーがぴったりとベッドの周りに張り付いている。

「お姉ちゃんっ」
「…熱、まだ下がらない?」
「うん…まだ息も苦しそうだし…」
「そう…」
一番上の弟に様子を聞き、ティファは呟くとリファの額に乗ったナプキンを取りそっと手を当てた。
 やはりまだ熱い。

 朝から看病に掛かりきりであったティファは、とりあえず以前クレイアから処方してもらった風邪用の解熱剤を飲ませていた。
 ティファは手を離すと、その手をきゅっと握り締める。

「…ちょっと、クレイアさんに違うお薬貰ってくるから。お留守番、お願いね」
ティファは立ち上がると、弟たちに看病を任せ一人家を出て行った。















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