* *


 リファの墓は、作らなかった。
 否、サーレの種族は基本的に墓を持たない。“死”とは、“自然に還る”ことと考えられているからであった。

 朝になると、ティファは結界を解いた。
 サーレの一族は死ぬと幻影で変えている外見も普段は消しているサーレとしての気配も元に戻ってしまう。
 そのためティファは一晩の間、結界を張っていたのであった。

 リファは、明るい少年であった。
 兄弟の中でも一番のやんちゃで、運動神経は決していいほうではなかったが努力を怠らない弟であった。
 馬車の中で泣く自分を見て、真っ先に「お姉ちゃんより長生きするから」と言い出したのはリファであった。

「………」
「…お姉ちゃん…」
「…ごめん、今日はお姉ちゃん、起きれそうにないや…ご飯、昨日のが残ってるから…」
「大丈夫、僕がちゃんとやるから。お姉ちゃんは寝てて」
フィリはそう言うと、下の弟を連れてティファの部屋の扉を閉じた。

 夕べのことを、ティファはほとんど覚えていなかった。
 ただ、ゆらゆらと揺れる炎と、クレイアが現れたことと。
 クレイアは何か謝罪をしてきたような気もするけれども、それに自分は何と答えただろうか。
 ただ、大きく取り乱した記憶は無いが――

 ティファは毛布の中で、かたかたと小さく震えていた。
 身体が悪いわけではない。ただ、怖かった。

 緑の炎――命を燃やし、赤々と燃え盛ったあの日を思い出さずにはいられない。
 そして、自分の弟に突如訪れた『寿命』
 それはサーレとして生まれてきた以上必然である。
 それは、自分は勿論弟たちもわかりきっていたことであった。

 ――いつ、死ぬか、わからない。

 それでも生に執着し、持つ寿命の限り生きようと。
 両親の死を前に、ティファは自身でそう誓っていた筈であった。。

 しかし、弟の死を前に忘れかけていた現実を叩きつけられたことを感じた。
 自分だけは違う、と思っていたわけではない。

「…自業自得、かな」
サーレとして生まれてきたことを悔いたことは無い。
 しかし、“普通の人間としての生活”を送ることにサーレの力は忌むべきものでしかなかった。
 そうと知りながらティファはサーレの力を使い、“普通の人間としての生活”を守ろうとした。

 これ以上、壊されたくは無かった。その一心だった。


 自分も、いつかは死ぬのだ。
 リファのように。もしくは、いつか政府の刺客にここを突き止められたときに。
 いずれ自分にも訪れることだとわかっていたが、ティファはその現実を受け入れることができずに居た。


「………」

 それは、声にならない恐怖であった。
 ティファはただ目を閉じ、時が過ぎるのを待った。



* *



 数日の時が過ぎた。
 グルーは相変わらずバイトをして生活し、休みにはティファの家へと足を運んだ。

 しかし、ティファが表に出てくることは無かった。

「…ごめん、お姉ちゃん…今は誰とも会いたくないって」
「そうか…何かあったのか?」
フィリにグルーは問いかけるも、フィリは口を閉ざして

「ごめん、僕には言えないんだ」
と言うだけであった。
「そうか…わかった。じゃあな」
「お兄ちゃん」
「…なんだ?」
フィリはグルーを呼び止めると、一瞬躊躇うも言葉を紡ぐ。

「お兄ちゃん、強いんだろ?」
「…?」
「俺に、…俺に武術教えてくれ!」
グルーは目を見張った。フィリは真剣な眼差しでグルーを見上げている。
「僕がこの家で一番上の男だろ?武術ぐらいできるようになって、お姉ちゃんと皆を守るんだ!」
グルーはあっけにとられたようにフィリを見下ろすが、その頭をくしゃ、と撫でるとその耳元で小さく呟く。

「悪ィが、“お姉ちゃん”と“お前ら”を守ンのは俺一人で充分なんだよ」
「え」
グルーは再び踵を返すと一度振り向く。

「今の、誰にも言うなよ」
「お…おうっ」
フィリはそう返すと、グルーを見送った。


 フィリは部屋へと戻った。
 二人になってしまった弟が、二人で昼食をとっている。
 テーブルからパンを一つ取り、カップに紅茶を注ぐとティファの部屋へと足を運んだ。

「…お姉ちゃん、入るよ」
ノックして、足を踏み入れる。
 ティファはベッドに腰掛け、窓から外を眺めていた。
「お姉ちゃん、お昼ご飯持って来たよ」
「ありがとう、…ごめんね、フィリ」
「ううん、…ねぇお姉ちゃん、お兄ちゃんには…」
「ごめんね、フィリ。…ごめんね…」
ティファはベッドの上で小さく微笑むと、ただそう返す。
 その表情は、どこか憔悴しきってしまったかのような“無”とも言えるものであった。
 ティファの言葉にフィリはただ――首を振るしかなかった。



* *



 グルーはそのまま街を歩き、気晴らしに夕方まで散歩で時間を潰した。
 しかし脳裏を占めるものは常にティファのことであり、一体何が起こっているのだろうと考えるも答えは出ない。
 クレイアもあれから姿を現さないし、訪問して問い詰めても恐らく口を割らないであろう。
 夕刻になり、自宅への帰路へつくが答えは出ず、苛立つ気持ちは未だ治まる気がしない。

 すると、家の前に人影があった。
 とても薄い肌の色、ふわふわの髪の毛、まん丸の瞳。
 扉を背に膝を抱えて座る小さな少女に、グルーは思わず目を瞠る。
「…な…マリーか?」
そこにいるのはティファの家に居候している少女、マリー・ミラクルの姿であった。
 声を掛けると、はっとしたように顔を上げる。
「どうしたんだ、一人で来たのか?」
そう声を掛けると、マリーは何かが切れたようにぽろぽろと涙を零ししゃくり上げ始めた。

「ちょっと…待て、せめて部屋入れっ…」
グルーはマリーを小脇に抱えると自室の扉を開き、中へと入った。

 部屋の中で腰掛けると、まずはマリーを目の前に座らせた。
 マリーはしゃくり上げながら、何も言葉を発せずに泣いているばかりであった。
 グルーは頭を抱えると、ひとまず立ち上がり台所へと向く。
 牛乳を少し火にかけ温めると、カップへと注いだ。

「…ホラよ、牛乳は飲めたよな?」
「…っく…」
マリーはしゃくり上げながらも頷くと、カップを両手で受け取る。
「熱いから気をつけろよ」
「…だいじょうぶ…っ、…マリー、…つよいこだもん…」
「そうか、そりゃ良かった…落ち着いたらティファんとこ帰るぞ」
半ば棒読みで返すとグルーは腰掛けた。マリーは“ティファ”の名前を聞くとまた、ぽろぽろと涙を零す。

「…グルー…」
「…何だ?」
「ティファが…ティファが…っ」
掠れた小さな声で呟く。グルーは眉を顰めた。
「…ティファが、どうしたんだ?」
「ティファ…もうずっと、部屋に篭ったままで…マリーが話しかけても、大丈夫だよ、ごめんね、って言うだけなの…ご飯も、フィリとマリーと…他の皆で頑張ってるんだけど、全然食べてくれなくて…っ…」
「何だと…?…あいつ、どこか悪いのか?」
マリーはしゃくり上げたまま、首を横に振ってカップを下に下ろす。
「わからない…グルーには、暫く会いに行っちゃだめって…絶対内緒、ってゆわれてたの…怖い顔して…でも…」
「…わかった、それ以上は喋るな」
グルーはマリーを小脇に抱え立ち上がると、カップがコロンと転がり落ち床に牛乳が零れた。
「…グルー、零しちゃっ…」
「いい、後で片付ける」
グルーは家を飛び出すと、そのままティファの家へと駆け出していった。














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