* *



「…」
ティファは、窓の衝立をそっと立てると夜風に当たっていた。
 季節柄夜は寒いのだが、こうして風に当たり目を閉じると落ち着いていられる。
 涙の痕も、風が少しずつ乾かしていくようであった。

 すると、家の扉の方向から芝生を踏む音が聞こえた。
 近づいてくるのを感じると、ティファは素早くカタン、と窓を閉める。

 ――コンコン、と窓をノックする音が聞こえた。

「っ…誰…?」
そっと呟くと、『俺だ』と小さく声が聞こえた。聞き慣れた声に、心臓が跳ね上がる。

「グルーさんっ…?」
そっと窓を僅かに開けると、そこには誰も居ない。
「こっちだ」
と、真下から声がする。グルーは窓の下に背をつけ寄りかかるように腰掛けていた。

「…そのままでいい」
「…」
ティファは再び窓を開け放ち衝立を挟むと、そのまま窓に背を向け壁に寄りかかった。

 グルーもティファも、口を開かない。
 壁越しに背中合わせになったまま、暫しの沈黙が流れる。
 痺れを切らしたように、ティファが口を開いた。

「…グルーさん」
「…」
「何で、来たんですか」
あくまでも静かに問いかける。
「…ティファ」
「…」
「悪かった」
「え…?」
思わぬ言葉に、一瞬言葉に詰まる。

「どっ…どうして、グルーさんが謝るんですか…」
「…お前の言葉を全然聞こうとしなかった。お前の気持ち、全然理解しようとしなかった」
「それは…!」
私のほう、と、思わず喉まで言葉が出かける。が、グルーは構わず言葉を続けた。

「今回だってお前に何が起こっているか、全然気付こうともしなかったし、マリーに言われて初めてお前の異常に気付くような有様だった」
「…」
「ただ、俺はお前の問題に気付けたとしても…自分から動いて、何かしてやれるほど頭の出来た人間じゃねぇ」
ざ、と草を踏む音が響く。
 部屋を照らしていた月明かりが、遮られた。

 そっと振り向き見上げると、グルーが己の方を見下ろして立っていた。
 ティファは向かい合うように座りなおす。
 その瞳は真っ直ぐティファを見つめていて、目が合うと吸い込まれそうな感覚に襲われる。

「…なぁ、ティファ」
「…」
「俺に、…何かして欲しいこと、あるか?」
ティファは思わず目を見開いた。
「…え…」
「何でもいい。お前の望むことなら、俺は何だってしてやる」
ティファは思わず俯く。その様子を見かねたグルーが、言葉を次いだ。
「…お前が望むことがあるなら、何でもいいんだ。この家でお前を守ることでも、ただお前の話を聞くことでも、仕事を手伝うでも…」
「何、で…」
ティファは何とかそれだけ言葉にする。
 あれだけ酷い言葉で拒絶し、突き放したのに――
 そこまでは言葉に出来なかったが、グルーの口元がそっと、笑むように変わった。
 そのあまりにも優しげな表情に思わず目をひきつけられると、刹那ティファの視界がそっと曇った。
 同時に、頭をくしゃりと撫でられる感触を感じる。

「…好きなんだよ、お前のことが」
「っ…?」
「だから、お前が望むことは…出来る限り、何だってしてやりたい」
顔が一気に熱くなるのを感じると、そっとグルーの手が離れた。
 そのままグルーはゆっくりと背を向ける。

「…たとえそれが、もう二度と…お前の前に姿を現さないことでも」
ティファはその言葉に目を見開く。何か言葉を発しようにも、想いが溢れてしまって言葉にならない。

「話はそれだけだ、…返事は、お前の気が向いたときで構わない」
グルーはそう言うと一歩歩き出す。その背中が、一歩遠くなった。

 行ってしまう、そう本能的に感じるとティファの手は反射的にグルーの服の裾をしっかりと掴んでいた。

「…待ってっ…」
言葉は後からついてきて、発してからわれに返ったようにおろおろと言葉に迷う。

「…待ってください、その、…えーと」
グルーが一歩分窓の前に戻ると、ティファは慌ててその手を離す。
 が、グルーの手がぱし、とその手を掴む。
 もう片方の手で窓の戸をすっと一番上まで持ち上げると、グルーはいつものポーカーフェイスで言葉を紡いだ。

「…出て来いよ、お前なら通れんだろ」
「は…はい」
ティファはその手を借りる形で、そっと窓から外に出た。
 つま先が、ひんやりとした草の上に降り立つ。
「あはは…お行儀悪いことしちゃいました」
「誰も見てねぇし、構いやしねぇだろ」
グルーが再び芝生に腰掛けると、ティファはその横にすとんと腰掛ける。
 すると、ティファは小さく呪文を唱えた。

「今、軽く結界を張りました。この話し声は、私たちにしか聞こえません」
ティファは、膝を抱えると静かに話し始めた。

「グルーさん」
「…」
「私のお話、聞いていただけますか?」
グルーが確かに頷いたことを確認すると、ティファは淡々と話し始めた。

 ちゃんと話してはいなかったサーレという種族のこと、弟が死んでしまったこと――
 いざ同族の死を目にし、死が怖くなってしまったこと。
 そして、同時にグルーをも遠ざけてしまったことも。
 グルーは表情一つ変えず、ただその話を黙って聞いていた。

「…弱かったんです、私は」
「…」
「結局、自分が死ぬのが怖くて、…グルーさんと一緒にいることも怖くて」
「ティファ」
グルーが唐突に口を開く。

「…俺はひょっとしたら明日死ぬかもしれないんだぞ」
「え…」
「俺だけじゃない、ファレイやカレイド、メリッサ…人として生活していたって、人間いつ何が起きるかわかんねぇんだ」
「…」
「お前の両親だってそうだし、俺の両親だって、この街に来るまでの仲間だって、…寿命云々関係なく、長く生きられなかった奴はいくらでもいる」
宙を仰ぐようにして淡々と語ると、ティファの方を向く。

「…変わんねぇものなんて無いんだよ、お前が先に寿命とやらで死ぬかもしれない、俺が不意打ち食らって先に死ぬかもしれない…」
「…」
「だけど、…そんなこと、考えてたって仕方ねぇだろ。今お前の目の前に俺が居て、俺の目の前にお前がいる…」
グルーは自身とティファを指差しながら語った。

「今がよければいい、って言うのはおかしいかもしれねぇが…こうして一緒に居る間だけでも、俺はお前の傍にいて、お前を守ってやれるんだよ」
その言葉に、ティファの心に衝撃が走った。
 自分の悩んでいたことが、急にとても小さなものに感じられてしまったのである。

 ティファは一度深呼吸すると、そっと目を瞑りその肩に頭を埋めた。

「グルーさん、じゃあ…一つ、お願いしてもいいですか?」
「いちいち聞かなくていい、何だ?」
グルーは思わず顔を背けると、ティファはそのまま、更に擦り寄る。
「私と、ずっと…ずーっと、いれる限りでいいから…一緒に、いてください。」
「…」
「私は弱いから、またこうやって勝手に暗くなったり、泣いちゃったり、色々やっちゃうと思うけど…でも…」
ティファは顔を上げ、グルーを見上げる。

「どうか、離れていかないでください。…グルーさんに傍にいてほしい…な」
ティファの表情が笑んだものに変わる。グルーはティファを抱き寄せると、そっとその頭を撫ぜた。
 ティファの身体は一瞬強張るも、そっとその腕の中で力が抜ける。
 が、不意に身動ぎすると――グルーの顔を見上げた。
 グルーもその視線に返すように見つめあう。

「…グルーさん」
「何だ…?」
ティファはグルーを見上げたまま、小さく笑った。
「さっきの言葉、もう一度言ってください」
「…?」
「さっきの、…私の、こと」
ティファは照れたように小さく笑いながら一度俯くも、再び上目遣いでグルーを見上げた。
 グルーは虚を突かれたように思わず目を見開くと、目を逸らして顔を紅くする。
 が、目を伏せ一度息を吐くとそのまま再びティファを真っ直ぐに見つめた。

「…好きだ、ティファ」
「私も、…グルーさんのことが好き、です」
途切れ途切れになりながらも、その言葉を言い切ると一気に恥ずかしくなってしまい、ティファはその視線から逃れるようにグルーの胸に顔を埋めた。
「やだ、もう、無理…」
「…自分で仕掛けておいてそれはねぇだろーが…」
「ありですよっ、グルーさんずるい…」
「何がだ…」
知らない、と、腕の中で聞こえると…グルーはそっと、その頭を撫ぜた。
 ティファはグルーの胸元に擦り寄ると、へへ、と小さく笑い下からグルーを見上げる。
 するとはっとしたように、ティファはグルーの頬に手を当てる。

「…グルーさん」
「何だ…?」
「暗くて見えなかったんですけど、ここ血出てます…口からも。どうしたんですか?」
そっと頬とその唇を指でなぞる。そこは、もう既にほとんど固まってはいるものの確かに血の痕が残っていた。
 グルーは思わず目を逸らすと

「…何でもねぇ」
「何でもなくないです、せめて消毒しないと…」
「これくらい大丈夫だ、放っときゃ治る」
「でも…ちゃんと治さないと、お顔に傷残っちゃいますよっ。今薬箱取ってきますから――」

 そう言いかけたところで、グルーはその唇を重ねて塞いだ。
 突然のことに、ティファは思わず固まる。
 僅か数秒で離れるも、心臓の鼓動は一気に高まっていった。

 ティファは思わず俯き暫くは、自らの唇をなぞるように手を当てていた。

「…消毒だ」
そう言うとティファははっと我に返ったようにグルーを見上げる。
「なっ…何言ってるんですかぁ!大体、傷が残るって言ったのは頬っぺたの方で…」
ティファは思わずむきになって反論するも、グルーは表情一つ変えない。
 刹那、ティファは自分が何を口走ってしまったのか、グルーが自分の頬を指でつつくジェスチャーで知ることとなった。

「…消毒の方法は今、教えただろうが」
ティファは自分の顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。
「俺はこんな傷――消えようが残ろうが構わないんだぜ」
平然と言うその姿に、ティファは納得いかない表情を浮かべつつ

「…グルーさんの、ばか」
と小さく呟くと、そっとその頬に口付けをした。

 そして、軽く歯を立てる。

「っ、おい、ティファ…」
「…グルーさんが意地悪するのが悪いんです」
グルーはそのまま再びティファを抱きしめながら言葉を紡ぐ。
「仕方ねぇだろ…」
「何が仕方ないんですかっ」
「…こうやってお前とまともに会話すンのも、一週間振りぐらいなんだ…それに俺は、ずっとお前に触りてぇの、我慢してた」
その言葉に、とくん、と再び心臓が強く鼓動する。
「…少しぐらい、勘弁してくれ」
グルーを見上げるとその困った様子に、思わず小さく笑みが零れる。
「じゃあ…私も、少しぐらい勘弁してください」
と、ティファはその胸に擦り寄りながら呟いた。

「ティファ」
「はい?」
「大丈夫だ、お前は何も心配するな…っつっても無理なんだろうが、俺が一緒にいれるうちは…なるべくお前の傍に居るから」
グルーのその手と声は、とても優しかった。
「…はい」
ティファは確かにそう返事すると、再びグルーの胸に甘えた。

 その時ティファは、心の中に積もっていた冷たい何かが――急に、とても優しいものへと変わった気がした。
 この人が大丈夫だと言っているんだから、きっと大丈夫なんだ――と。
 何故かそんなことを、心の底から信じきってしまえていた。



















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