-2nd day Lapis side-
今日は、とても晴れているらしい。
目が覚めて光の方を探り、カーテンを開けると…この目でも感じられるほどの光があった。
もっとも、その光が照らすものは――見えないのだけれども。
まだ、時間的には早い時刻らしい。
聴こえてくる鐘の音は、何故か以前聞いたことのある音色。
今までに、一度何処かの地域に召喚された時に聞いた気がした。数え方も、体が覚えている。
大体召喚された数を数えていたらキリが無いため、一度召喚された地域に再び召喚されることもそこまで珍しいことではない。
「…」
私は暫く目を閉じて、少し“力”を使った。オリーブ様は、未だ目覚めていない。
主人の状態は“力”でわかる。が、私はそれを目で確かめることが出来ない――
少し、屋敷内を歩くことにした。
夕べも感じたことだが、この屋敷には”生物の気配”が無い。
オリーブ様以外の気配が無い、ということはあの少女は1人で此処に暮らしていたことになる。
しかしここは、そこまで生活感のある屋敷ではなく――たまに手に埃が触れたりした。
「…」
階段を上がっていくと、そこは元にいた部屋。隣の部屋は、オリーブ様の自室。
「…目覚められましたか」
私の中で、“力”が、警鐘のように鳴り響いた。
-2nd day Olive side-
私は、鐘の七つ響いた時間に起きた。
時計を見ると、確かに時間は七時を指していて。
ラピスは既に起きていて。
あたしたちは、とりあえず台所にあったパンとベーコンを軽く炒めて朝ごはんにすることにした。
「…美味しい?」
「はい、とても」
ラピスは微笑む。目は見えないのに、食べるのはやけに上手。
ラピスはあたしに、食事の時は自分の皿を一つ一つ渡してくれと頼んだ。
そうすることで、皿の位置などがしっかり把握できるみたい。
”力”を使えば普通に食事することぐらい大したことじゃないらしいんだけど、ラピスはそこまで自分のために力を使うことを好き好んでないみたいなのよね。
だから、あたしはとりあえずラピスに合わせることにした。召喚師が召喚獣であるラピスに合わせるって言うのも変な話かも知れないけど。
一夜明けると、そこに「誰か」がいること自体を有難く思っているあたしがいた。
大体、今だって不安よ。物凄く。生活に関わる記憶は殆ど残っているのに、今まであたしが築いてきた大切な”想い”の部分が、全て何処かへ消え去ってしまったのだから。
「…今日は何をしましょうか」
食後の時間に、皿を洗っているとラピスがそう言い出した。
「そうよね、…特にすることも無いものね」
身辺は常にラピスが守ってくれることが保障されている。けれども、それでもあたしには、何故か不安が付きまとっていた。
記憶が戻る戻らないことに関しての“不安”じゃなくて。
まるで、“ラピス”に不信感を抱いているようで――
何故か、あたしの心の中はすっきりしなかった。
「…ラピスは、悪魔なのよね?」
思わず、あたしは手を止めそう問いかける。
ラピスは、特に気にもしないように微笑んだ。
「そうですよ。…それが、何か?」
「…ううん、なんでもないの。気にしないで」
自分でも、今何でこんなことを聞いたのか、わからなかった。
「…オリーブ様、我々魔族が――何故「悪魔」と呼ばれているか、ご存知ですか?」
ラピスの声色は、まるで微笑んでいるかのように穏やかであった。
「?…知らないわよ、そんなこと」
唐突なラピスの発言に、思わずあたしは首をかしげた。
洗い物を終えると、あたしはテーブルに戻ってラピスの前に座る。
ラピスは、変わらぬ表情で微笑んでいた。
「その昔。この世界に、「魔大戦」という大戦が起こったのです」
魔大戦――その単語自体は、聞いたことがあった。
「…確かそれ、悪魔対人間、の戦争よね?」
あたしもあまり詳しいことは知らない。ただ、何故かその知識はあった。
「そうです。魔族は己の世界だけでは飽き足らず人間の世界を征服しようと企み、攻撃したのです。その頃「強大な力を持つ邪悪な存在」として人民に恐れられていたことから、「悪魔」と呼ばれてきたのです」
「…でもその戦争、って…最終的には人間が勝ったのよね?」
魔大戦、というのは元々魔族側の一方的な攻防であったかのように見えたけれども結果的には勝利したのは人間だった…そう、私の“記憶”の中にはあった。
「ええ。ある偉大な魔術師の手によって、魔族は人間に”使役”される存在となり己の世界へと還されました」
ラピスは、微笑んで話し続ける。
この人の表情は、話しているときは殆ど変わらない。ずっと微笑んだままだ。
元々、話すのが好きなのかもしれない。その声も、たまに僅かだけど高揚したりしている。
「戦後になっても「魔族」を「悪魔」と呼ぶ人間も多かったのです。…いつからか「魔族」の方が専門用語になり、「悪魔」という呼び名が一般的とされ残されているというわけです」
悪魔。さっきから、何故かこの言葉になると――少しだけ、胸が疼く。
けれど、気にしないことにした。
というより、楽しそうに話している目の前の“悪魔”を見ていると――何故か、少しだけ不安を忘れられてる気がしたから。
前に何かの本で読んだことがある気がする「悪魔に“魅入られる”」って、こういうことなのかしらと。私は、少しだけ思った。
「…話しこんでしまいましたね」
…そして何故かあたしたちは暫く、何故か歴史話で盛り上がってしまった。
あたしはどうやら歴史系は結構本とかで知識を溜め込んでいたみたいで、そういう話はするすると口から出てくる。
こういう風に、話し相手になってくれるのも…結構、有難いのかもしれない。
あたしたちは、結局その日一日を殆ど話して過ごした。
ラピスは、あえて記憶の核心には触れない話を沢山してくれて。彼はとても物知りで、楽しい話を沢山聞いた。
それは、あたしにとっては気が紛れてとても有難いことだった。
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