-3rd day Lapis side 1 -

 昨日は、思わず色々と話しこんでしまった気がする。
 話し始めると、時間が全く気にならないのが悪い癖だと。
 よく、魔族仲間に笑われていたのを、今唐突に思い出した。

 もう、私がこの家に来て…三日目を迎えようとしている。

「…オリーブ様」
「なに?ラピス」
「”写真”を探されてみては、如何でしょうか?」

 その日、私は。
 初めて、少女の記憶の核心部であろう箇所に――少しだけ、触れた。


-3rd day Olive side 1 -


「”写真”を探されてみては、如何でしょうか?」
その台詞は、とても唐突で、とても驚くべきものだった。
 コーヒーの香りの漂う室内で、私は思わずカップを落としそうになった。

 そうだ、何で最初に気付かなかったんだろう。
 もしこの屋敷が私の家であるとするなら、何処かに昔の写真やアルバムが残っているはず。
 そんな簡単なことも気付けなかったなんて。
 記憶を無くすことは、普段思いつくことすら思いつかなくさせること――そう、あたしは一瞬背筋がぞくりと震えた。


 そんな訳で、私とラピスは”書斎”と掛かった部屋に足を運んだ。
 ただ、ここは最初にラピスが召喚された場所ではなくて別の部屋。
 あの部屋は書斎と言うより”個人の自室”のような場所で、どちらかと言えばこっちの方がアルバム類は見つかるような気がしたからだ。

 と、ラピスが申し訳無さそうに苦笑を漏らす。

「…私は、写真を目で見ることは出来ませんので手伝うことは出来ません。何か、力になれることがあれば良いのですが…」
「ああ、確かに…そうね、…んー…」
あたしはあたりを見回す。と、あたしはラピスの方を向いた。

「…今は特に無いから、見張りをやっててくれる?そこで」
「了解いたしました。何かありましたら、構わず声をかけてください」
あたしはその言葉に頷くと、少しずつ辺りを見回していった。

 アルバム、と名の付くものは意外と簡単に見つかった。
 同じ背表紙のアルバムが、ずらりと並んだ本棚があって。

 あたしは一冊手にとって手近にあった椅子に座り、広げてみた。
 けれども其処にあったのは、ただ、景色の写真ばかりがセピア色に広がっている。
 この屋敷から外の海を撮った写真も、中にはたくさんあって。
 あたしは、思わずため息を吐いてアルバムを閉じた。
 埃が舞って、あたしは思わず軽く咳き込む。

「…オリーブ様?」
と、顔を上げるとそこには入り口にいたはずのラピスがいた。
 …さすが使い魔、といったところだろうか。ラピスはあたしを、心配そうに見下ろしている。
「ごほっ…大丈夫よ、ちょっと埃で咳き込んだだけだから」
あたしはラピスを見上げて笑ってみせる。顔が見えていないのは、わかっているけれど。
 それでもラピスは、少しだけ安心そうに微笑んだ。

「…ねぇラピス、アルバムを沢山見つけたのよ。確認する間暇だから、ここにいてくれない?」
ラピスは、軽く微笑むと――はい、と一度返事を返した。


 ラピスはあたしがアルバムの中を見ている間、特に何かをしているわけでもなく。ただ、あたしの横に立っていた。


「…ねぇ、ラピス」
「何でしょう?」
「ラピスは、…目が見えてたことってあるの?」
ふと湧いた、物凄く素朴な疑問だった。あたしがそう問いかけると、ラピスは少し不思議そうな顔をして。
「…何故、そう思われたのでしょう?」
と首をかしげる。
「だって、写真とかって普通目見えない人にとっては縁が無いものでしょ?特に、魔族が写真ってイメージも考えられないし」

 と、言った後あたしは自分で言っといて何だけれども少し違うかな、と思った。
 考えてみたら、写真なんてそうそう珍しいものでも無いし。
 ひょっとしたら、一度ぐらいは撮ったことがあるのかもしれない。

「…ありますよ」
「え?」
少しの沈黙の後に帰ってきた台詞は、意外にも冷静な口調のものだった。
 あたしは手を止めて思わずラピスの方を見るが、ラピスは変わらず微笑んでいる。


「私は、これでも昔は目が見えていたのです。…昔といっても、ほんの十年ほど前までですが」


-3rd day Olive side 2 -

 その時、ラピスの表情は、少し困ったような…微苦笑になっていたと思う。
 けれども、それは一瞬のことで。瞬きを一回すると、ラピスの顔は元の微笑んだ顔に戻っていた。

「十年前…って、そこまで昔の話じゃないのね」
「はい、…少し、昔話をしましょうか?」
「お願い。ちょっと退屈していたのよ」
あたしはぱたん、とアルバムを閉じた。ラピスは、此方を向いて話し始める。

「…その頃、私はとても暖かい家にいました。マスターであるその家の家主と、奥様、お嬢様がいらっしゃいました」
ラピスは、淡々と話し始めた。表情も、話し口調も、いつもの其れと変わらない。

「そもそも、私はマスターの旅を護衛して回る仕事をしていたのです。…マスターは偉大なる召喚師であり、魔法使いでした。彼は…私を、”使い魔”としてではなく”家族”と呼びました」
けれども、明らかに何処か違う箇所があった。
 ラピスが話しているときは、常に微笑んでいるけれど。
 今の微笑からは、何故か暖かいものが感じられた。
 今までとは、何か、違う。見ていてとても、優しい気持ちになれる微笑だった。

「…もともと魔族というものは、天涯孤独の身です。その言葉は、とても嬉しかった……申し訳ございません、こんな話をしてしまって」
ラピスが、ちょっとはっとしたように笑みを含ませて言う。この表情も、初めて見たものだった。
「ううん、良いの」
ただ、少し楽しい気持ちになった私の心の奥には――最初から、消えることの無い何か、もやもやとしたものが…ずっと、消えないまま残っていた。

「ねぇラピス、ラピスの好きな食べ物って何?」
何となく、そう話題を変えてみたのも特に意味は無くて。何となく、聞いてみようと思っただけだった。

「…そうですね、ドーナッツが好きです」
「ドーナッツ?変わってるのね。甘いもの好きなの?」
「…、そうですね、甘いものは好きです」
一拍置いてから答えるラピスの微笑んだ顔は、やはり…優しさに満ち溢れていた。

 その時、あたしは知らなかった。きっと、ラピスも知らなかったのだと思う。
 ラピスが召喚された理由と、――あたし自身の中に隠された、とても大きな気持ちの存在を。

 結局その日、手がかりになる写真が出てくることはなかった。
 出てきたのは、大量の…”あたしの知らない”、風景写真だけであった。





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