-6th day Lapis side 1-

 明日で、契約期間は切れる。
 それは召喚が解かれることを意味していて、同時に恐らく――少女の記憶も、完全に戻るだろう。

 それで、良い。そして、全てが…終わる。

 私は、少女自身が気付くまで…己の口から真実を伝える気は無かった。
 あくまで一週間というときを経て、そこで全てを終わりにしたかったのだ。

 例えそれが、主人のためとベールを被せた己の自己満足であったとしても。

 私は、残りの期間を少女とともに過ごすと決めたのだ。
 私の口から真実を伝えるまでもなく、少女の記憶は少しずつ戻っている。

 ただ、何故…私は、己の手にその顔を覚えこまそうとしたのだろうか。
 もうめぐり逢うことも無い少女だと言うのに。
 少女のきめ細やかな肌、整った顔――その全てを、その手に覚えこませておきたかった、あの時の己の衝動は――一体何だったのであろうか。


 考え事をしているうちに、外はいつの間にか朝になっていたようだ。
 明るい光のみが、私の眼前で見える。
 完全にフィルターを通したような、それも、灰色の光であるけれども。

 オリーブ様は、午後になる頃に目を覚ましたようだった。
 大量の魔力と記憶が、少女の身体に少しずつ戻ってきているのがわかった。
 そのため、生活リズムを含め体調が不調になっているのだろう。
 私を召喚できたのだから、たとえ魔力が私を召喚するのには不十分だったとしても、それなりの魔力はあったということになる。
 まだ十代であろう少女の身体には、それが少なからず負担となるということは知識上知っていた。

 と、私の中の力が、警鐘を鳴らすかのように鳴り響く。
 オリーブ様が、私を呼んでいた。

 もう、私は何も迷うことは無い。


-6th day Olive side 1-


 目が覚めると、もう午後になろうとしていた。
 何であたし、こんなに長く寝てるんだろう。身体全体も、ちょっと、だるい。

 ラピスに過去を思い出していることについて話そうと思った。
 だから、もうすぐには来ちゃうんだろうけど。
 ただ、…何故か、起き上がれない。
 昨日を経て言うことじゃないかもしれないけど、寝転がったまま話をするって少なからず抵抗がある。

「オリーブ様」
響くノック音と、聞こえる声。案の定、ラピスは動く間も与えない間にやってきた。
「どうぞ、入って」
あたしはベッドの上から声をかける。かろうじて、枕に寄りかかるように少しだけ上体を起こせたのだけれど。これ以上はキツい。
 ラピスは入ってくるなり、あたしの方へと歩いてきた。
 良かった、今日は…怖くない。

「おはようございます、オリーブ様。起き上がるのはお辛いでしょう、そのままでも私は結構ですよ」
「そ、…そう?ごめんなさいね、あたしが呼び出したのに。何か体中がだるくて」
「大量の魔力が少しずつ回復してきているのです。大量に魔力が出入りするということは、少なからずとも身体に負担となるというもの…すぐに元気になれますよ」
ラピスは変わらぬ表情で微笑む。あたしも笑って、ありがと、と一言言った。

「あのね、ラピス」
「…何でしょう?」
私は、顔を上げて話し出した。


「記憶が、戻ってきてるの」


-6th day Olive side 2-


 あたしがその言葉をラピスに向かって発した時、ラピスは意外にもあっさりと頷いた。
「知っていましたよ」
「…え?」
「ある程度まで、戻ってきているのでしょう?昨日オリーブ様がお倒れになったこと、語彙…真に勝手ながら少なからずとも、記憶は戻る傾向にあるとお察し致しました」
と、やはり微笑みながら告げる。
 確かにそうよね、ラピスにはあたしの状態がほぼ筒抜けと言っても過言じゃないんだもの。
 あれ、でも、だとしたら、えーと…

 あたしがラピスに対して、思ってたことまで、全部筒抜けな訳…?

「…ねぇラピス」
「何でしょう?」
「ラピスは、…マスターであるあたしが思ったこととか、何でもわかっちゃうの?」
恐る恐る、聞いてみた。ラピスは、微苦笑して首を振る。

「そういう訳ではありません。確かに“力”をもってすれば、ある程度まで人の心を見透かしてしまうことは可能になりますが――」
あたしは、静かにラピスの言葉に耳を傾ける。ラピスは言葉を続けた。

「私自身、それを好みませんし、“力”はあくまで、オリーブ様をお護りする必要最低限の状態把握にしか使用いたしません。ですから、どうぞご安心を」
そう、ラピスは微笑んで続ける。心底ホッとした。

 別に、バレて困る要因があるわけじゃない。
 ただ、流石に嫌じゃない、そこまで見透かされてるのは。
 いくらラピスだって言ったって――

 ――あれ?
 いくらラピスだって、って何よ、あたし。

「…どうかなさいましたか?」
「う、ううん、なんでもないっ、…わかった、ありがとね」
何とか私はラピスにそう弁解すると、話を元に戻すことにした。

「…あたしはね、普通の家の娘だったの。で、父さんと母さんがいて、…普段は母さんと2人で暮らしてたのよ」
ラピスは、黙って聞き入っている。
「母さんとよく勉強したりパンを焼いたりドーナツやクッキーを作ったり、毎日がとっても楽しかったわ」
「…それは…とても、素敵な記憶だったのですね」
と、ラピスは微笑む。あたしは一度頷くと、話を続けた。

「でもね、…父さんのことと、…なんであたしがラピスを呼び出したのかの肝心な部分は…思い出せないのよ」
あたしは、天井を仰ぐ。古ぼけたランプが見えた。
 ラピスは、あたしの横でやっぱり、微笑んでいる。

「…ラピス」
「何でしょう?」
「お願いがあるの」
あたしは、一つの願いを口にした。


「今日は、ずっとここにいて。あたしのそばにいてほしいの」


-6th day Lapis side 2-


 オリーブ様の願いは、意外にも素朴なものだった。

「今日は、ずっとここにいて。あたしのそばにいてほしいの」
私を見上げているその顔が、見えないのが恨めしい。

「…オリーブ様が望むのでしたら、そういたしましょう」
私は、そう、言える限りの返答をした。
 オリーブ様は、見えはしないけれども…僅かに微笑んだような、声がした。

「ありがとう、…今日はね、ラピスを何で呼び出したのか…絶対思い出すから」
私の手に、オリーブ様の手が触れる。その手は――導かれるまま、今度は直々にオリーブ様の頬へと、行ったようであった。
 手に、昨日も感じた頬の感触が触れる。
「…私に出来ることは、貴女を守ることと、記憶の戻る手助けをすることだけです。出来ることがあれば、何なりとお申し付けを」
「ええ、…だから、今日はこのままでいてちょうだい。…あんなに寝たのに、なんだかとても眠いの……夜になったら、部屋に帰っても良いか…ら…」

 私は、意識飛ばしの術を…オリーブ様に、かけた。
 恐らくは、これで…少しはゆっくりと眠れるのだろう。
 魔法の持続期間は3時間ほど。その時間が過ぎてしまえば、きっと彼女は…夢を見る。

 恐らくは、過去の…全ての夢を。

 私は、その顔全体をなぞるように…そっと、指先全体でなぞるように手を動かした。
 きめ細かく美しい肌、整った顔立ち――その全てを、私の手が覚えるまで。

 そして、己の手が…彼女の顔を、全て覚えてしまうと…

「…おやすみなさいませ、オリーブ様。そして――」


 私は、オリーブ様から、そっと手を――離した。







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